Graduate first ⑫


 弱々しく云うけどさ、とんでもない話しの内容だ。──だけど、紫穂の〝眠れる獅子〟は正直笑えた。


でも兄さんの彼女の──影の彼女がずっと、兄さんの肩にもたれかかってる──手前、軽はずみな苦笑くしょうはばまれた。父さんのしてる事もある。……兄さんは、次は自分がねらわれるって云ってた。ぼくは?


兄弟で、同じ父さんの息子であるぼくが狙われるのも、時間の問題なんじゃないの? ぼくの入学式だったわけだし。


というか、くみとか市議会議員だとか、もうそのへんになると、どうしたらいいのかサッパリわからない。


 ぼくに出来る事は、今のところ、ぼくら一年を危険な目に遭わせないように警戒する事。目立った行動を控える事。これからならいごとの塾にかようのを検討けんとうしている同級生に、警告をしておく事。──親に〝送り迎え〟をしてもらったら、危険から離れられるかも。


 紫穂については、来年だ。……今はおとなしくしてるって、どういう風の吹きまわしなんだろう? 上林先生は移動したのかな? ……まあ、敵視するような危害きがいのある人がいなくなれば、おのずとおとなしくもなるよな……紫穂はもともと、そーいうのをターゲットにした喧嘩という〝親殺しの練習〟をしていたんだから。


 このまま中学にあがったら?


 中学の職員室内はおだやかな雰囲気だった。問題のある先生がいるようには見えない。


ただ、は違う。

三年生にかんしては、たいはんがグレてる。


一個上の先輩、二年生にもヤンキーは多い。

けど、チャラチャラしてる人もまばらにいる。

最近、芸能界で流行りだしたファミリーに影響を受けて、茶髪ちゃぱつにしてても


 古参ヤンキーと、流行りいまどき区別くべつは、髪型とかもし出す雰囲気、それから制服のではっきり見分けがつく。


 〝生きる化石〟になりつつある古参ツッパリは、りこみ入りのリーゼントヘアー。女子スケバンはワンレン。


剃刀かみそりみたいにヒリヒリした雰囲気に、制服は短ラン・長ラン、ボンタンズボン。女子スケバンは脚のつま先しか見えないほどの長い〝超ロンスカ〟。


 一方いっぽう流行りいまどきの男子は、サラサラのロン毛か、清潔感のある真ん中わけ。女子はヘアゴムを使って、髪型をおしゃれにアレンジしてるけど、特徴的なのはその前髪。


ヘアスプレーで根本を固めたの前髪は、強風にもなびかない。

雰囲気は浮かれだったチャラチャラした軽い雰囲気。制服はノーマルだけど、着こなしが一味違う。


男子はボタンをはだけさせて、色気を出している。

女子の制服は、スカートがかなり短い。


校則では〝ひざ下十二センチまで〟とハッキリ書いてあるのに。


 古参スケバンは長さを無視して長くし、流行りコギャルは逆に短くする。まったくの真逆だ。


外見に、その人が進もうとする道が出てるから、かなりわかりやすい。


 兄さんが云ってる〝時代の変わり目〟は、確かに目に見えて来ている。


 ……紫穂は、どの道を選ぶんだろう。

今時はやりか、平凡な真面目ちゃんか。(スケバンはさすがに無いなと除外しておく)


 ぼくはひとしきり考えを巡らせて、兄さんと目を合わせた。「──うん、紫穂を見張みはるよ、道を踏み外さないように。あと、他の中学ともかかわらないように注意しとく」


 関わって良い相手じゃないのは確かなようだから、紫穂を危険から離脱させるためにも、なにかしらの歯止めは必要だ。


 兄さんはぼくの返事を聞いて、弱く微笑ほほえんだ。タバコに手を出し、一本抜き取る。「……またなんかあったら、そのつど情報まわすから、涼も気をつけろよ、とくに下校するとき。ひとり歩きはすんな。学校から近い家でも、誰かと一緒に下校しろ。まわりの面子めんつにもそう云っとけ」


ぶっきらぼうに指示をだすと兄さんはタバコに火をつけた。

うつむいたまま煙をため息と一緒に吐き出して、つくづくおでこをでりさする。


「──疲れた……涼、今日はもう、ひとりにしてくれ」


 なげくように云われて、ぼくは立ちあがった。「兄さんも、なにかあったらいつでもぼくに話して。聞く事くらいしかできないけど、自分の中にため込みっぱなしよりかはいいと思うから……」


 ぼくからのわずかななぐさめは、気やすめにもならず、特に必要ないようで、兄さんは手で目元を隠し、タバコを持つ手でシッシッとぼくの存在をはらった。


……兄さんにまとわりつく影も、同じ動きをしているように感じる。


ぼくはおとなしく、兄さんの部屋をあとにした。ふたりの世界を邪魔したくないから。


 下に行って、父さんと話しをしようと思ったけど、やめた。まだ頭の整理が追いつかない。このまま父さんと話したところで、さらに混乱するだろうし、なにが本当で、なにが確かなのかもわからなくなる。


 ぼくは自室に引っ込んで、勉強机と向き合うと、日記帳を本棚から抜き取り、今日の出来事をかたぱしから書きつらねていった。


 ……まさか、自分が〝焼き〟をいれられる心配から、こうまで話しが大きくなるとは思いもしなかった。しかも自分にかかる心配が〝焼き〟以上のものだなんて、信じられない。いまだに。


 それに心配は、ぼくら学年全員に広がった。全員が巻き込まれるかもしれない。こんなヤンキー漫画の戦争は、空想フィクションの世界だけでしか起こらないと思っていたのに、なんだよ、これ。──ほんと、どうなってるんだよ……!


 兄さんは、これからなにをしようとしてるの? 怖いよ……。なにをどうしたら、こんな根深い問題を、兄さんの代だけで終わらせられるっていうんだ?


 日記を書いている途中で、また救急車のサイレンの音が、窓越しから遠くで鳴り響き、ぼくの鼓膜をふるわせる。──耳鳴りがしてきた。


限界だ。頭がパンクしそうだ。


 ぼくはシャーペンを置き、椅子に寄りかかった。なにげなしに、ハンガーラックに掛けてある学ランに目がいく。


 入学したてで、なんでこんな重大な問題を突きつけらなきゃならないんだよ! ぼくらはのんびりエンジョイして、未来の自分達に期待して、胸を膨らませていただけなのに、どうして楽しませてくれないんだ!


…*…


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