Graduate first ⑪


「おまえってさぁ、八鳥の妹……紫穂のこと気にかけてたよなあ? ──ああ、いい、誤魔化そうとしなくても、わかってるから。オレたち兄弟なんだよ? 見てればわかる」


 云いきられて、ぼくは自分を取繕とりつくろうと口をあけたけど、声を出すのは兄さんのほうが早かった。

矢継ぎ早に話しを進められて、ぼくはまた口をとじた。


「でさ、オレはもともと、と涼が仲良くなるのがイヤだったんだよ。おまえをヘンなのに巻き込みたくなかったから。……でもこうなって状況が変わった。


おまえ、来年入学してくる妹のこと、ちゃんと見張みはってろよ? 売られた喧嘩をひとつ残らず買うだけじゃなくて、はわざわざ自分から首を突っ込みにいくだろう? オレらがせっかく変革したあとに、妹に掘り返されてみ? 全部が水の泡で〝困った〟なんて話しじゃすまされないからな?」


 紫穂の監視を任命されて、ぼくの閉じていた口に、さらに力がくわわった。真一文字に唇をかたくして、これまでの紫穂を振り返る。


……けど答えはもう出ている。振り返らなくたって、強烈な存在だった紫穂の記憶がすべてを結論づけてくるから。


 ぼくはやむなく兄さんの意見を認めて、頭を縦に揺らした。

「注意して見張るようにする。……でもさ、紫穂は根っからの暴走族ダイキライです! っていうタイプなんだよ。女ヤンキーの道に進むとは、到底ちょっと考えられない」


ぼくが疑い深く首をひねると、兄さんは注意深い目つきで腕を組んだ。

「女ヤンキーにならなくったって、喧嘩をおっぱじめられたら事は同じなんだよ」


「──確かに」ぼくはなぜか胸中で兄さんに謝った。〝ぼくの紫穂がごめんなさい〟と。


 兄さんが重ったらしいため息をついた。

とぶつかってみ? 収拾しゅうしゅうがつかなくなるのが目に見えてるんだよ」


 また新しいワードが出てきた。「沼中の双子?」


 訊き返したけど、もうほんとに話しについていくのがやっとだ。整理が追いつかない。


 兄さんはまた赤い髪をかきあげ、ついで髪をぐしゃぐしゃに搔きむしった。

「そう、沼中の双子! まあ、事の発端ほったんは、涼の入学式だったんだけどな」断言されて、ぼくはまた絶句した。


 ──えぇ? ぼくの入学式? それが発端? え! ぼくのせい?


 目まぐるしく思考を回転させて、責任を感じとった瞬間、見ている兄さんの横に、顔を合わせてもない、見たこともない彼女の影、存在が重圧になってぼくを睨んでいるような感覚になった。……ぼくのせいなの?


「発端っていっても、さっきも云ったとおり、涼は悪くないから」兄さんはぼくの顔色を見てとったのか、埋め合わせの言葉をつけ足してきたけど、

芽生えた罪悪感がどうにも心に重く居座る。……兄さんの横に居座る、彼女の影と同じように。


 兄さんはタバコに手を伸ばし、箱を取り上げたけど、吸う気をなくしたらしい。タバコの箱をテーブルに投げた。けだるそうに足に肘をつき、両手を握りこめた。その両手を見つめながら、独りごとのようにブツブツと喋りだす。


「……入学式の時、家族全員で式に参加したのが、そもそもの間違いだったんだよ。どこかしらで見られてたんだと思う、よそ者から。それで弁護士やってる父さんと、家族の顔ぶれがバレた。


入学式のすぐあとだよ、香澄がおそわれたのは。


 それで、色んな事情を知ってるヤツから話しを聞き出した──どうしてこうなったのか? って。


 話しを聞いてくうちに、色んな辻褄つじつまが合っていった。……父さんの裏の顔も、それで知ったし。そしたらオレ、なんかなにもかもがやってられなくなって、で、この道に足を踏み入れた。それしかオレに出来る解決法がないと思ったからさあ。


香澄と同じ高校に行きたくて、今まで真面目に中学やってきたのに、全部が踏みにじられた気分。


 オレだって最初は、ヤンキーは馬鹿がやる事、イキがってるだけで、れないとなにも出来ない腰抜けのヤツらの集まりだって、そう思ってた。けど違った。──あ、いや、おおむね、この解釈かいしゃくで合ってる。


でもさ、その群れないとなぁんにも出来やしない連中が、集団になるとデカい気になって、歯止めが利かなくなるんだよ。そうなるともう、なにをしでかすかわかったもんじゃない。なんていう、なまぬるい表現じゃない──犯罪を遊び感覚でやってるよ、アイツら。……そのうち人を殺すかもな。


 けどな、すくなくとも姫中のヤンキー連中は違うよ。仲間になったからわかる。

姫中の連中は、外から浸食しんしょくしてくる外道ヤツラから地元を必死で護ってる。


 姫中のグループには昔からルールがあんだよ、ちゃんと。シンナー禁止とか、やくに手をだすなとか、……輪姦レイプ禁止だとかな。


こまかくルールを上げつらねていって、他の中学とも協定はむすばれた。だから姫中ここは安全なエリアなんだよ、今のところだけど。


 協定がやぶられたらどうなるかわからないけど、まあ破られないだろうな……お互いがデメリットしかないから。


だからいま問題なのは、敵対してるぬま中とはら中なんだよ。そのなかでも沼中にやばいヤツがひかえてる。八鳥 紫穂と同学年の、


その双子が中学にあがってきたら、流れが変わるって、みんな警戒してる。そこにもってきて、こっちでは八鳥 紫穂だろう? ──もうほんとさあ、あの学年、問題児ばっかだよなっ! ったくよ!」


 文句を吐き捨てると、兄さんはまた髪をぐしゃぐしゃにした。


「だから来年、妹の行動には目を光らせてろ。他のヤツにはもう云ってあるから。


……このあいだ、久々ひさびさに姫小の正門前に立ったよ。八鳥の妹を見に行ってきた。アイツ、六年になってからは、おとなしくしてるらしいよ。


ねむれる獅子しし〟なんていう新しいとおまでつけられてたのは、笑った。〝狂犬〟から〝獅子〟なんて、ずいぶん名前のかくをあげたじゃねえか、ほんっとにだけは手がつけられねぇな。


こっちが少しでもちょっかい出そうものなら、飛びかかってくる気迫を無言でらしてる。


釘を刺しに姫小に行ったけどさあ、せっかくおとなしくしてる〝眠れる獅子〟を起こしたくなかったから、遠目から見てるだけにしといたよ。ヘタにつっついたら、これから先の中学に身構みがまえちゃうもんな。


喧嘩する気満々で入学されても困るし、そっとしといた。


 ……妹が入学すると同時に、オレらが卒業する。だから八鳥 紫穂に首輪をはめて、飼いならすのは、涼たち後輩の役目になる。それだけは、ゴメン、頼むよ」


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