Graduate first ⑩
訊かれて、実際ぼくは自分の頭がこんがらがっているのを自覚した。……最初に兄さんが云った言葉が頭の中で反復してる。
──〝考えが甘い〟。
そのとおりだった。ぼくはいつまでたっても世間知らずなままじゃないか。
けど悲観するのとは裏腹に、ぼくの脳は同時進行で勝手にフル回転している。
情報を自動的に整理して、兄さんが云った言葉のピースを脳が拾い上げた。
〝市議会議員〟……あのうるさい
〝
〝暴走族〟……ジュニアだ。
どれも耳にした事のある言葉の
言葉の共通点が
──紫穂が小学校の鉄棒で、愚痴っていたその内容。あの会話が
考えたくない。
……心がつぶれる。
ぼくは目をギュッと閉じて、頭をブンブンと振った。
いま必要なのは紫穂の知恵だ。
(……紫穂は、大袈裟なんかじゃなかった)
紫穂なら、どう考えて行動する?
(紫穂は正しかった──)
紫穂は、芋づる式が得意だったよな。
(記憶を消さなきゃ生き続けられないなんて──あの家族が
……あ! 兄さんの彼女は被害者だ! だから加害者を引っぱってくればいい。兄さんもそれを望んでる。
(この件が片付かないまま紫穂が来年中学にあがってきたら? …──ぞっとした。紫穂が、噛みつかないわけがない。……そしたら紫穂はどうなる?)
兄さんが云うように、この
ぼくが目をあけて顔を上げると、
ぼくが口をあけようと息を吸い上げた時、兄さんのほうが早く声をあげた。
「今になって、やっと色んなものが見えるようになったんだよ。八鳥の妹……紫穂って名前だったよな? アレがやろうとしていたのとか、今ならよーくわかる」兄さんは話しを一旦くぎると、おもむろに自分の胸をドンドン殴り、うなだれた。「ここが痛いほどね。認めるよ……アイツは正しかった。
……こっちの世界に
「──は? 父さんが? ど、どうして父さんが関係してるなんて、思えるんだよ!」
どうして今、父さんが出てくるんだよ。保護者は関係の無い学校の話しだろう?
訊き返された兄さんが、言葉を探しているのか、しばらく黙りこくった。
サイレンの音と、噂の暴走族のコールの音。……イラつく音だ。
兄さんがまたタバコに手を出した。これで三本目だ。流れ作業で火を
「〝正当な理由〟で説明つかない事がいくつもあるんだよ」兄さんは煙を吐きながら、タバコを持つ手でぼくを
おまえの膨大な医療費は、どこから
弁護士とはいえ、
どう考えても裏があって、繋がってるだろう、ヤクザや議員達と。それで御礼金を多くもらってる。
どこの
そうやって、周りの人間からズタズタに神経
兄さんはまたタバコに吸いついた。
煙を吐くまでの
父さんも繫がりがあったの……? なにも知らなかった。……言葉が、出てこない。思考がおぼつかない。
「え……っと、兄さんは、父さんをどうする気なの?」
兄さんが鼻で笑って、煙をさけるように目を細めた。「
「父さんを、脅迫するの?」気づけば、ぼくは両の手をげんこつに握っていた。
「聞こえが悪いこと云うなよ……協力してもらうんだよ」
窓から、またサイレンの音が聞こえてきた。今度の音はかなり近くから。救急車のサイレンの音だ。ぼく達の家の前の道路を通ってる。どんどん音が大きくなる。
耳をふさぎたくなるほどの大きな音は、
普通の声の音量で会話ができる気配になるのを待ってから、ぼくは口火を切った。
「協力してもらうのは、彼女の香澄さんの事件で?」
兄さんはタバコをめいっぱい吸ってから、煙を吐き出した。灰皿にタバコを念入りに押しつけるのに、身を乗り出す。
「んなわけねえだろうが! 話しちゃんと聞いてたのかよ? 香澄はそっとしとく。事件にしない。父さんは、もしもの時の、オレらの尻ぬぐいだよ。これからやる──ああ、いや、いい。涼は知らないままでいい、忘れてくれ。……それよりも」
兄さんはいわくありげに、ベッドに座る居すまいをなおした。
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