Graduate first ⑨


 ぼくは立っていられなくなって、ガラステーブル向かいにへたり込んだ。


「いま夏樹先輩の話しは関係ないし、どうだっていいよ……! ──兄さんの彼女だよ! 彼女は、大丈夫なのっ?」


 兄さんはまた髪をかきあげた。タバコを吸いながら、遠くを見る目つきを細めて、ぼくを視界に入れる。


「……大丈夫なわけがねぇだろう。電話しても、親が出て、香澄かすみに繋げてくれないし──親が云うには『いまは誰とも、なにも話したくない!』ってわめいて、部屋から一歩も出てこないんだってさ。


『あなた香澄になにしたのよ! 受験生なのに! これで高校に行けなくなったら、なにもかもあなたのせいですからね! もうウチの子に近づかないでちょうだい! 交際を認めたのがそもそもの間違いだった!』って云われちゃってさ、


受話器を叩きつけたのか、デッケー音で電話切られたよ。……あの様子じゃあ、なにがあったのか親にも話してないんだろうな……って、云えねぇか。云えないよなあ『輪姦まわされました』なんて」


兄さんはまたタバコを吸い、煙を吐き出した。肘をついている手に、おでこを乗せると、イヤイヤとかぶりをふり、重い口をわった。


「……土屋が、歩く拡声器かくせいきじゃなくて、つくづくほっとしたよ。

色んなヤツに云いふらしてたりでもしたら、オレ、アイツを殺すとこだったかも。

香澄の件は、わずかな限られた仲間内の人間だけが、本当の事を知ってればいい。オレらで対処していくから。


だから、なあ~にも知らない親とか、他のヤツらは、なにもかもオレのせいにして、事の話しを広めないでほしいんだよ」


 タバコの灰を灰皿にトントン落とすと、またタバコを吸い込んだ。


「──香澄とオレは、だったんだ」兄さんの、煙と一緒に出す声が、悲しみに震えだした。


「オレ、大事にしてたんだよ、香澄の事。『そういうのは、高校受験が終わって一段落してからね! それまでは、お互いおあずけぇ~』なんて云ってさ、


恥じらいながら云うのが、いじらしくて可愛らしくて……香澄の意見を尊重したよ。オレもそのほうが受験にやる気を出せたし。──なのに、アイツのヴァージンはじめてが……輪姦まわされたんだよ、こんなのって、あんまりじゃないか……!」


 兄さんがついにすすり泣き始めた。「オレ、守ってあげられなかった──くやしいよ……!」


 なにをどう声をかけたらいいのか、まるでわからない。

兄さんの横に座って背中をさすりたいけど〝誰もオレに触るな〟〝近よったらタダじゃすまねえ〟っていうオーラが、ぼくの行動をはばむ。


 自業自得っていう言葉も頭に浮かんだけど、すぐに兄さんには当てはまらないと悟って、浮かんだ言葉を消した。


兄さんは巻き込まれたんだ。昔から脈々みゃくみゃくと続けられている、バカげた連中ヤンキーのしきたりに。


 ──どうしたらいいんだ。どうしたら、このしき連鎖を断ち切れる?


 ぼくはガラステーブルに肘をつき、身を乗り出した。「中学の先輩達にヤンキーが多いのは知っていたけど、まさか水面下でこんな事が起こっていただなんて……知らなかった。どうすればいい? というか、どうして警察に行かないんだよ!」


「水面下じゃねえよ」兄さんは鼻をすすりながら涙をぬぐい、タバコを灰皿に押しつけた。「表面上で堂々とやってるよ。話しがおおやけになってないだけで。


それに警察にだって、行けるもんならとっくに行ってるよ。……親にも話せない事を、香澄が警察に云えるかよっ! それこそ親の耳にも入るに決まってんだろうが……! 今はそっとしといてやりたいんだよ!


 先生達だって、進路先の高校に物騒な話しがれるのがイヤなんだろうさ。

『ここの中学校出身者は問題児が多いです』なんていうのがバレたら、関係ないヤツらまでが受験で落とされちまって、進路に困るもんな。オレだって馬鹿じゃない。その辺の事はわかってるよ。


……けど、これは涼が云うように犯罪だろう? やったヤツらを締め上げて、殺してやりたいよ……! 


だけど、そうは思っても、大人が話しをおおやけにしない事で、救われてるのも事実なんだよ──それが返って頭にくるっ! でもこんな話しが広まってみろ。香澄が自殺しちまう……!」


 ぼくは口をふさいだ。……自殺っていう重みを知っているから。


 憔悴しょうすいしきってるところにもってきて、よけいな一言で追いつめてくるヤツらの存在も知ってるよ。……遠ざけたいよな、そういうのからは。大切な人なら、なおさら。


 兄さんはひとしきり泣くと、ベッドのすにころがし置いているティッシュで鼻をかみ、ゴミくずをテーブルに投げ転がした。


「いまは時代の変わり目なんだよ。ヤンキーが淘汰とうたされていく時代。もう流行ってないんだよ、ヤンキーなんて……!」兄さんは吐き捨てるように云った。「誰が好きこのんでこんな時代遅れに足突っ込むかよ──やってらんねえよ!

 けどな、涼の世代せだいにまでこの時代を持ち込ませたくないんだよ。オレらの代で終わらせるようにする。そうなるように動くつもりだよ、オレは。

──もう終わらせたいんだ、なにもかも」


 今現在の兄さんは、とっくに限界をむかえてる。それなのに、ぼくら将来のために傷ついた心を引き摺って、ひとりで赤い髪をクシャクシャに握りつける。


 兄さんが痛々しすぎて見てられないし、言葉にもつまる。……はっきりしてるのは、このままおんぶに抱っこなままでいて、いいわけがないって事くらい。


それに話しを聞くかぎり、これは今に始まった話しじゃないし、他人事ひとごとでもない。ぼくだって力にならないと。


 ぼくは無い知恵を絞り出した。「いっその事、姫中が先頭に立ってヤンキーから足を洗うっていうのは、どうかな? ──協定、だっけ? みなみ中とあが中にも協力してもらってさ、みんなでヤンキー辞めるの。……こういうの、専門用語で〝かたぎ〟っていうんだっけ? そうした一般人にまで手は出さないでしょう、いくらなんでも」


「そこまで甘かねえし、そもそも根深い話しなんだよ、これは。……バックに暴力団ヤクザひっぱってきたって話し、したよな? つまりは繫がりがあんの、昔から。


暴走族からして──ほんと、アホらしいよな、なにが出世だよ──暴力団に入るヤツが多いんだから、足を洗うなんて話しを、大本おおもとだまってるわけがねぇだろう。自分達の後釜あとがまが育たなくなったら、今度は自分達の組が潰されちまうんだぞ? そしたらここら一帯いったいの治安もひっくり返る。


オレら若造わかぞうだけの話しじゃなくなるんだよ。──市議会議員だとか、そこいらと癒着ゆちゃくしてる地元の建設業、その会社をささえてる暴力団。その面々が塗り変えられる。


地元の夏祭りに並ぶ屋台やたいの顔ぶれまでが変わぞ。


そうなれば危なくて、女、子供が夏祭りに行けなくなる。……ここまで話しが広がると、もうわけがわからなくなるだろう?」



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