Graduate first ⑦


「はい。じゃあこれ、入部届です。これからよろしくお願いします」


ぼくが入部届を差し出すと、待ってましたとばかりに、残りのみんなも次々と紙切れを提出する。


 順当じゅんとうにいけば、これで入部届締め切り日が過ぎる約一週間後から、新設するサッカー部の活動が開始される。


ぼく達は無駄口を利きながらウキウキと足を弾ませて、職員室をあとにした。


 …*…


 開始された部活動初日。

夏樹先輩もちゃんと顔を出した。──部長として。


 ただし、首には一眼レフカメラをさげている。先輩はちゃっかり掛け持ちに成功したらしい。


 ちゃっかりといえば、ぼくらもわりとちゃっかりしていて、

勧誘で〝一年生だけで二十人以上集まったら、先輩の居ない部活が立ちあげられる。……部長をする人がひとりくっついてくるけど、みたいな存在になるだろうから、実質、先輩に気を使わずに楽しめるよ!〟の文言もんごんを使ったもんだから、この校庭のサッカーのフィールド内に、二年生の姿はない。


 夏樹先輩も声掛けをぎりぎりまで様子見してくれたおかげ!


 一年だけで、好きなだけコートを使える!


 他の部活はといえば、一年のうちは下積したづみばかり。

引退試合の三年生がメインでコートを占領し、二年生は審判だとかの補助──有望株の二年生だけが、試合に参加できるらしいけど、そんな逸材はごく一部だけ。


大半があまった隙間時間でしかコートで練習はできない。


 そんなわけで、一年は基礎トレと、体力づくりと銘打めいうった筋トレにいそしむ事となる。


 ぼくらは他の部活動の同級生一年を尻目に、サッカーコートではしゃいだ。


 春風に吹かれる校庭で、男子サッカー部設立記念写真を撮る。

ぼくら一年だけの、横並びの写真。みんなで肩に腕をまわし、陣を取る。夏樹先輩が一眼レフをかまえた。


「真ん中に大熊先生ね!」先輩がフレーム越しに指示を飛ばす。「ああ、右のヤツら広がりすぎ! もうちょっと真ん中寄りで! ──そう! その位置! ドンピシャ! じゃあ撮るよ! ──ああ! 大熊先生! 髪の毛がぁー! バーコードが風に吹かれてる! 戻して戻してっ!」


 先輩の掛け声にみんなが先生を見て、なびいて乱れるバーコードに爆笑する。

 大熊先生は顔を真っ赤にしてバーコードをなでつけた。


「土屋あー! 笑ってないで早く撮れよ! 風が吹いていない今のうちに!」


 みんな大爆笑だ。

 その笑顔が、記念写真となった。


 …*…


 次の週の月曜日、学校新聞の一面にその写真が掲載され、派手にお披露目デビューを飾った男子サッカー部は、またたくまに校内で有名になった。


 女子がではチラホラ噂話をしているのは気づいていた。

ぼくが気づくくらいの噂話なら、水面下ではもっと大きな噂話になっているだろう事は、これまでの経験上でおおかたの予想はつく。


だけどまさか、関係の無い先輩達まで噂してるとは思わなかった。


 赤いコーンを立てて、パスとドリブルの練習中に、夏樹先輩がぼくと植田を呼びつけ、コソコソと耳打ちしてきた。


「部活を楽しむのはいいんだけどさ、部活以外の普段の休み時間はおとなしくしてたほうがいいよ。……どうも二年が目くじら立ててるらしい」


 植田が首をかしげた。「それって、勧誘されなかったから? 声をかけられなかったのが、そんなにくやしいんですかねぇ?」


「まあ、それもあるだろうな……『自分達を差し置いて』なんていう、わけわからない事を云い出してるらしい。あとは、まあ、ひがみ? ……知ってた? おまえら一年、目立ってるから、女子からかなり注目集めてるらしいよ」


 ぼくは笑って植田の背中を叩いた。「良かったじゃん、植田!」


 〝自分達を差し置いて〟なんていう云い分は、どうだっていいように思えた。

だってその自分達こそが設立すればよかっただけの話しだし、踏み切らなかった人たちにとやかく云われる筋合すじあいはない。


そんな事より、女子にモテたがっていた植田の望みがひとつ叶ったのが嬉しい。


 だけど植田の反応は重かった。

ぼくの調子に合わせて、無理してうっすら笑ったもんだから、ひきつった笑顔をうかべ、すぐに用心深さをにじみ出した。


「それって、よく漫画であるような、体育館裏に呼び出されたりして、入れられるかもって事ですか?」


 植田の予想にギョッとした。「ヤンキー漫画の物騒な世界だけの話しだろう? 真に受けて、実行する人なんているかあ? あれはフィクション!」


 夏樹先輩が困り顔で首を横に振った。「フィクションだろうと、マネてやるヤツらは大勢いるよ。影響を受けてるんだか、憧れてるんだかは知らないけど、それを美学だと心から信じてるヤツもいるし……気をつけたほうがいい。ほかの一年にも云っとけよ。後輩が痛い目に遭うのは、見たくない」


 植田の、唾を飲みくだす音が聞こえた。「……気をつけます。休み時間中は、一人で行動しないほうがいいですかね?」


「しばらくは、そうしたほうがいい」


 先輩からの忠告に、植田は頷いた。


 ぼくは信じられなかった。

まさか今時いまどき、そんな事をする連中がまだ息をしていたとは。

なんていう、タバコを焼き押しつけてくる〝儀式〟だか〝洗礼〟だかのならわしを、まだおこなっているなんて、どこのジャングルの部族ぶぞくだよ。


 自問自答していて気づいた。──部族。そうだよ、この辺にはまだ暴走族っていう部族が走っているじゃないか。騒音という無意味な祈祷きとうをあげながら。


 ぼくは思った。

……家に帰ったら、兄さんに訊いてみよう。

かなしいかな、道を踏み外してに走ってしまった兄さんに。



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