Graduate first ⑤


 先輩がロッカーから離れて一歩、近づいていた。

「あのさあ……云いにくいんだけど、オレ今、新聞部に所属してるんだよね」


「──は? えっ!」きょを突かれた植田が、丸くした目をぼくに向けてきてる。


「──えぇ?」ぼくは二人の顔を交互に見た。「えっ? 新聞部? フリーじゃなくて、新聞部?」


 え、どういう事? この人、部活の立ち上げするくせに、他の部活に専念してるって事?

──え? 新聞部? あ、だから色々詳しいわけ? ……あ、いや、いやいや、そうじゃあなくて!


「夏樹先輩はてっきり、サッカー部がやりたいから部活の立ち上げするものだと思ってたのに、え? やらないのお?」


最後は情けない声をあげてしまった。だって、訊いてないよ、そんな事。


 めちゃくちゃ頼りにして話しを進めてたのに、ここにきて、サッカー部に入りません、部長できませんじゃあどうするんだよ。


……もう~、この人の、こういうところなんだよなあ、一番大事なかなめになる話しを、軽くあつかうところ!


夏樹先輩は大事なポイントだと思ってないから、軽く扱うんだろうけど、違うんだよ! あなたの場合は、逆! あべこべ!


「夏樹先輩が軽くとらえてるポイントこそ、重要な事だったりするからね! 前から思ってたけど、先輩ちょっとズレてるよ?」


「いやマジそれなあ。しかも新聞部って。つっこみどころ満載だな……やめてサッカー部に移動するんですよね?」植田が面白いくらい軽くサラッと決めつけた。


いいぞ植田、その調子だ!


「う~ん」先輩が、このおよんで腕組して考えこみだした。

……いやマジで勘弁してよ。先輩以外で、誰が部長できるっていうんだよ。


 悩んだすえ、先輩は作り笑いを顔にはりつけたような表情をとった。やけっぱちな笑顔だ!


け持ちできるか、訊いてみるよ!」


「うわ~、あてにならねぇ」ぼくは机につっぷした。


 植田も苦悶の声をあげる。「……なんだよ、新聞部って。じゃあこの新しく作る部活も、学校新聞のネタかよぉ、ああ~やれやれだ。……マジかあ~」


「まあまあ」先輩はニヤついて、ひとりで愉快そうだ。「たぶん掛け持ちOK出ると思うから、そんな肩落とさないで」


フフフッと笑っているけど、この人ほんとあてにならないよなあ。というか油断ならない。


 夏樹先輩が笑いながら両手を広げた。「いやぶっちゃけ、こんなに頼りにされると思ってなかったし、正直なところ、おまえらだけでなんとかなりそうだと踏んでたんだけどなあ……勘を読み間違えちゃったかなあ?」


「なんですか勘って。先輩、刑事ドラマ観すぎ」

「植田の今日のツッコミ、えてるなあ。いいぞお植田。どんどんやれ~」


 先輩は両眉をあげて頭を傾けた。「そう云うなって。だいたい、オレが手を貸せるのは一学期までなんだからな? 夏休みからは夏期講習に入るし、本格的に受験ムードだよ」


やれやれと背後うしろのロッカーに戻り、寄りかかり直した。「明日から、移動しそうな二年のヤツらに声はかけてみるから、おまえらはおないどしの一年担当な」


 ぼくと植田は目を合わせて、手をハイタッチさせた。

なんだかんだ云って、夏樹先輩はこうやって助けてくれるんだよ、いつも。──けどそうか、こうやって甘えられるのも今学期中までなのか。


そりゃそうだよな、三年生だもんな。むしろこうして助けてくれるのを、ありがたく思うべきなのかも。(そもそもの云い出しっぺは先輩ではあるけど)


…*…


 翌日から、ぼくと植田は声掛けを開始した。──わりと片っ端から。でも髪を茶髪ちゃぱつに染めたりしてる〝喧嘩上等、ヤンキーする気満々です!〟っていう面子メンツける。


 声をかけるのは、登校中の通学路から顔を合わせて、くだらないお喋りをしながら一緒に歩く友達。


 休み時間、友達のクラスに顔を出してサッカー部に勧誘。そこで興味を持って喰いついてくる他のクラスメイト。全員に声をかけた。


 最終的に、サッカー部に入部してみたいっていう生徒は三十人を超えた。……ちょっと、やりすぎちゃったかもしれない。


こうまで膨らむとは思わなかったなあ。意外とサッカー好きな人が多かったりするのかな? まあなんにせよ、生徒数の多いマンモス校だからこそ実現できたのかもしれない。


 入部届締め切り日前の放課後、ぼく達は職員室前に集合した。もちろん皆の手には入部届が握りしめられている。


 ぼくと植田がうなずき合って、職員室のドアを植田がノックした。


「失礼しまーす!」


ドアを引き開けるなり、入部希望者みんなが、好奇心に負けて、植田の背後から職員室の中を盗み見しはじめた。顔を上下左右に動かしてる。


植田は顧問を担当する事になる先生の名前を呼んだ。


「大熊先生、居ますか?」


夏樹先輩から聞いた、先生の名前。だけどまだ顔は知らない。どんな先生かも知らない。


 先輩いわく「メタボでデブってる。げてるのをからかうと面白いよ。──鬼ごっこが始まるんだ、マジでウケるよ。でさ、なにが驚きって、あの先生、あんなに太ってるのに、足がはえ~んだよ! いっつも追いつかれちゃって、げんこつくらう! ちくしょう~、いつか逃走成功してやりやいんだよなあ。


……ああ、で、その大熊先生、いま女子サッカー部の顧問しるんだけど、本音を云ってしまえば、退屈してるらしいんだよ。教え甲斐がいの手応えがまるでなくて。


もともと男子サッカー部の顧問したかったのに、なぜか姫ノ宮中には女子サッカー部はあっても、男子サッカー部が無い。それで仕方なしに顧問してるんだと。


けど女子サッカー部事態が、県内でもあまり無いらしくて──実際変わってるよな、女子サッカー部って。めずらしいよ──練習試合もままならないらしいんだよ。だから退屈なんだと」


 つまり大熊先生の外見の特徴は〝ハゲ〟と〝足が速いデブ〟だ。

このセットを聞いてしまえば、そりゃ見たいにきまってる。

ぼくも早く大熊先生を見てみたい。



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