Graduate first ③


「……いいよ、八鳥がそれでいいんなら」成瀬くんが釈然しゃくぜんとしない返事をした。「オレも云いふらしたりして、ごめん……」


 紫穂は苦笑した。

になると、こういう事になるのね! 色恋沙汰いろこいざたになると、みんな血相を変える。……めんどくさいけど、でも考え方をかえてみれば、これはこれで良かったのかも!


お互いイイ経験になったね──年頃の子達に恋愛えさをあたえると、物凄いいきおいで喰いついてくる!」



 なんだか、自分が云われているような気がして、ぼくの意気は消沈した。


 確かにぼくは喰いついたよ。ヤキモチも焼いた。

でもそこに悪気わるぎがあったわけじゃない。紫穂が好きだから、どうしたって気になるし……不安になる。


 それにぼくは成瀬くんの本音も気にしてる。

彼は恋がどうのとまだわかっていないだけで、たぶん紫穂を気にかけてる。


恋してるって認めたくないか、あるいはぼくみたに、紫穂に調子を合わせているだけなのかもしれない……というか、どうもそれっぽい。


じゃなきゃこうまで自慢げに、人に云いふらしたりなんかするかよ。


 舞い上がって、話す相手が見つかれば、訊いてもいないのにベラベラしてきたんだぞ。のぼせてるじゃないか。成瀬くん本人は自覚してないようだけどさ。


「そこのあんた」ぶっきらぼうに紫穂に呼ばれた。「ここに居合わせて話しを聞いていたならわかると思うけど、そういう事だから、変な話しをまわさないでよね? 話しが長引くとうっとうしいから」


 ぼくは大きなため息をついた。

「わかってるよ、ぼくだって好きでこんな話しに巻き込まれたんじゃないんだからさあ──っていうか、よそでやってくれよ、こんな話し──ぼくはもう帰るから、あとは二人の問題だろう? じゃあね」


 ぼくは不機嫌に公園をあとにした。



 ……紫穂に忘れられた、ぼく。


 ぶっきらぼうにしか声をかけられない、ぼく。

 記憶からしめだされ、追い払われた、ぼく。


 違う世界を生きる、きみ。


 ……限界かもしれない。


 やるせないけど、距離を置きたい……置こう。

ぼくはしばらく、紫穂を頭から離したほうがいい。


 …*…


 六年生っていう、最高学年生になったとし

ぼくは気をまぎれさせる、楽しいことにかたぱしから挑戦した。


 植田とまた同じクラスになったのをいい事に、男友達とたくさん遊ぶようになった。


 サッカークラブでもの友達ができた。──ぼくより二個上の先輩だけど、先輩らしくない人。兄さんとも違う。中学生なのに、みょうに子供っぽい──飾らない感じの、愛嬌のある気さくな人。ぼくに近い存在。友達だ。


土屋つちや 夏樹なつきっていうんだけど、夏樹って呼んで! オレもりょうって呼ぶから!」出だしからこの調子。


ぼくはすぐになついた。

けどさすがに呼び捨てはためらいがあるから〝夏樹先輩〟と呼ぶことにした。


 先輩は知らないことを色々教えてくれる……アダルトな話しを投下された時は、動揺したけど、まあ、キライになれない人だ。


 …*…


 そんなわけで、ぼくは一足先ひとあしさきに卒業するよ。

……紫穂が残りの一年をどう過ごすのか気がかりだけど、どうせぼくが居なくたって上手く立ちまわるんだろうし、あまり考えないようにする。


 姫ノ宮中学校で、また逢おう。


 …*…


 一九九三年 ──平成五年 四月──


 ぼくは入学式で姫ノ宮中学校の門をまたいだ。祝福を全身であびながら。


 桜が舞い散る晴天。

 あたたかい陽射ひざし。ふわりと優しくそよぐ春の風。


 父さんに母さん、兄さんも着いてきて、保護者席でぼく達一年生へ拍手をおくってる。


 こそばゆいけど、ぼくは少し大人に近づいた。ダボダボの学ラン制服が恥ずかしいけど、でもそれも悪くない。


ぼくが成長して大きくなると見越してのオーバーサイズを用意されたんだ。上を向かずにいられない。


 初めての中学校。──新しい環境。

 新しい上履き、新しい筆記用具……なにもかもが新しい物に身を包まれて、期待に心がはずむ。


 クラス発表の貼り出された紙を見て、また歓声をあげた。植田が抱き着いてくる。


 【入学式】としるされた立て看板を囲んで、家族写真を撮る。


 世界が明るく、すべてが色めきたっていた。


 …*…


 植田と、部活をどうするか決めあぐねていた放課後、夏樹先輩がぼくら一年のクラスに顔を出した。


「ここ姫中ってさ、サッカー部が無いんだよ。ありえないよなあ」愚痴りながらロッカーにもたれかかって腕を組む。


 一番後ろの席だったぼくは居すまいだけを変えて、座ったまま話しにのった。


「丁度良かった。ぼくも先輩からアドバイスがもらいたかったんだよ──ズバリ部活の事で! サッカー部が無いから、夏樹先輩はクラブ活動してたんだよね? でも中学は『部活動必須!』なんて云ってるよ?


先輩は何部にしてるの? ぼくはこのままサッカークラブの活動がしたいから、中学で運動部に入るの、やめようと思ってたんだけど、植田はバスケ部に入りたいみたいで……」ここでぼくはいわくありげに、チラリと植田に目をやった。「しつこく誘ってくる」


 植田は肩をすくめ、両手をあげた。

「サッカーやめてさ、中学ではバスケしようよ!」


 夏樹先輩が口角を持ち上げて、面白そうに植田へ相槌あいづちをうった。

「バスケも悪くないよな、いま流行ってるし。女子にモテたいんなら、バスケで決まりだろうなあ」


「いや、べつに、オレはそういう〝やましい動機どうき〟で選んだわけじゃないよ、楽しそうだから、いいかなあって思ってさ」図星をつかれたのか、苦しまぎれの云い訳を並べはじめた。


 ぼくも笑いながら話しを進める。

「で、先輩はいま何部してるの? ──あ! でも今年で引退かあ! 夏樹先輩、三年生でしょう?」


訊いてから気づいた。この人、今年受験だよ! いつも勉強の話しはあまりしないから──しかもくだけた友達感覚だし──すっかり忘れてた!


「いやまあ、そうなんだけどさ」先輩は苦笑にがわらいしながら頭をいた。「最後に置き土産じゃないけど、オレさ、サッカー部を作ろうと思うんだよ、一緒にやらない?


顧問こもんできそうな先生には、もう話しを通してある。あとは部員の人数次第だってさ。──二十人集めろって、ムチャ云われたよ」


 先輩はやれやれと天井を見上げたけど……え?

「え? 部活って作れるの?」


 先輩がニヤリとやった。「うん、作れる。人数が集まれば」


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