Graduate first ②


「──それで、部屋で遊んだの?」ふたりきりで?


すぐ近くには母親が居たんだ、ヘタなちょっかいは出せないだろうけど……ぼくは気にするよ。っていうか成瀬くんは紫穂をどう想ってるんだ?


まさか、好きとか? この場合だと、両想い? ぼくは頭を抱えた。


「遊んだ!」成瀬くんはあっけらかんと笑った。「アイツんって、最新のテレビゲーム機が無いんだって。だからオレので遊んでたよ──むずかしいとか文句云いながら!」


 ん……? 「……え? それだけ?」


 チョコレートを渡すほど好きな男の子の部屋に入って、紫穂は友達と遊ぶようにゲームをしただけって事?


 ぼくのうわずった声の質問に、成瀬くんは笑顔を少しくずした。


「え? それだけって……ああ! それ以上の進展しんてんがあったかとか、そういう話し? ──ない! ないないないない! ないよ! だってだよっ?」


 いくらなんでも、そんな、だんじてありませんばりに全力で否定しなくても。

なぜだかぼくがムッとしちゃったじゃないか。


「成瀬くんは紫穂を好きじゃないの?」


「──えぇ」さっきからずっとヘラヘラしっぱなしだった成瀬くんがようやく、表情を困惑させた。


「好きかどうかと訊かれたら、それはまあ好きだけど、でもなんていうのかなあ……八鳥とは友達でいたいんだよなぁ。そのほうがずっと長く一緒に遊んでられるだろう?


恋愛みたに好きだの惚れただのやってたら、そのうち別れる時がきちゃうじゃないか。ドラマ観てると、どうもそんな感じみたいだし、恋愛って。


オレ、八鳥とはずっと一緒にいたいんだよ。だから友達のままなら別れる事もないで、ずっと一緒に遊んでいられるだろ? そういう関係がいいんだよ」


 なるほど、そういう……。



 ぼくは一旦口をつぐんだ。



 成瀬くんが、まだ初心うぶなままで、心底ほっとしたよ……。


……。


…──いやあ、ほんとうに良かった!


なんだ今日は〝雪下ゆきおろしの風〟が荒々しく吹きつけて、こごえそうなくらい寒い日だったけど、空には雲一つない快晴じゃないか! ああー良かった!


 でもこれがあと一年か二年もすれば、成瀬くんもになるんだろうな……どうか、たらしまくるイヤな男にだけはならないでくれよ、頼むから。


今のまま純情じゅんじょうな人でいつづけてくれ。


 にしても、そうか、なにも進展は無しか。

紫穂、悪いけど、ぼくはこれで良かったと満足しているからな。


「あのさあ、鳥海くんは……八鳥のこと下の名前で呼ぶけど、ひょっとして──」

「あーっ! いたいたー!」


明るい声が成瀬くんの声をかき消して突進とっしんしてきた。噂のっただ中の紫穂だ。


紫穂が北風に吹きつけられ、髪をおさえながらこっちに駆け寄ってくる。


「ちょっと成瀬! あんた、いろんな人にバレンタインのこと云いふらしたでしょう! すごい騒ぎになってるんだけど、どうしてくれんのよ!」


来るなり、ずいぶんなご挨拶じゃないか。

恋話をしていた雰囲気が一気に吹っ飛んだぞ。


成瀬くんは慌てふためいているし。……もしかして、成瀬くんは話しを少し脚色きゃくしょくしたのかな? どうなんだよ、成瀬くん。


 ぼくがうたがいの眼差しでいると、紫穂がムスムスと続けた。


「いろんな子から『でつき合い始めた』だとか『許嫁いいなずけになったんだろう?』とか云われて、からかわれてるんだけど、わたし!


たかがバレンタインのチョコひとつでこんな大騒ぎになるなんて知らなかった! もう余計な事を云いふらすのはやめてよね!」


 ぼくは片眉をあげて成瀬くんをジッと見た。紫穂もぷりぷりと怒ってる。

 成瀬くんはあたふたと、四苦八苦に弁明べんめいを始めた。


「オレはありのままにしか云ってないよ! 訊いたヤツが尾鰭おひれをつけてるだけだろう! オレだって、おまえと許嫁なんてイヤだよ! なんだよその話し!」


「あんたが浮かれて吹聴ふいちょうしてまわった結果でしょうねえ」紫穂はイヤミたっぷりに返した。「うちらの二個上の子から云われて、真に受けたわたしもバカだったけど、まさかこんな事になるなんて……ああ、めんどくさい!」


「真に受けたって、どういう事?」思わず、ぼくは真相をさぐってしまった。

紫穂が、ぼくからの質問に顔をしかめる。


「前に仲良くなった子から云われたのよ『バレンタインなんだから、あんたもチョコのひとつくらい誰かにあげたら? 好きな人、いないの?』って。そしたらわたしはその時、成瀬の顔が頭に浮かんだわけ。


で、女子のあいだじゃ手作りチョコを作るのが流行ってるし、そうだわたしも作ってみようって気になって、それで作ったのよ。せっかく作ったんだから、食べてもらいたいじゃない、チョコレート。…──どうだった? 味付けは完璧だったと思ったんだけど」


 ややこしい感想を訊かれた成瀬くんが困りながら──でもどこか嬉しそうに──応えた。


「おいしかったよ……オレの中では、一番おいしかった」


 うずうず感想を待って聞いていた紫穂がジャンプした。


「しゃーっ! 隠し味にね、ミルクとココアのこなをいれたのよ! よかったあーっ、おいしくて!」


 なんだよ、けっきょく青春のが始まるのかよ。よしてくれよ、目の前で。


 しかも隠し味を聞くかぎり、おいしそうじゃないか、紫穂の手作りチョコレート。……ちくしょう。


「でもその話しは置いといて」と、紫穂は空気の箱を横へどかし置いた。「親公認とか許嫁は無いでしょう? 確かにわたしは成瀬が好きよ? けどそれは好きなだけ。……みんなが云うような、結婚とかの好きじゃないの。わかる? この感覚?」


 成瀬くんが唇をとんがらせた。「……わかるよ。オレも、おまえとは友達のままのほうがいいって、いま話してたばっかだし」


 紫穂が胸をなでおろした。「ああ、それなら良かった……! じゃあさあ、これからは発言に気をつけてよね! あんた女子のあいだじゃかなり人気にんきなの、知ってる?」


「……知ってる」成瀬くんがあっさり認めた。


 知ってるんだ。

自分が人気者だって。……へぇ~。


「なら、話しが早いわね!」紫穂は満足に笑った。「人気があるって事は、あんたを本気で好きな子がたくさん居るってわけ。


わたし今回の騒ぎですっかりヤキモチ焼かれちゃって──今まで、たいして仲良くした事もないクセに、あれこれ訊いてきて、なんなのあいつら。友達でもないのに、人の事にとやかく口だしすぎなんだよ、ほんとやんなっちゃう!


──そう、それで嫉妬の対象にされてイヤな思いしてるけど、これからは気をつけて、そしたらそのうちこの騒動もおさまるでしょうから、

それまでの辛抱しんぼうって事で! この話しはおしまい! それでいい?」


 ものすごい早口で、一方的に話しを進められ、決められちゃったけど、成瀬くんはこれでいいの?


自分の意見をつけしたり、

ほんとの本心があるなら、いまのうちに云っといた方がいいように思えるけど。


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