第十七章 Graduate first

Graduate first ①


 ぼくの我が家では、春休みの主役は兄さんとなった。

卒業式の日の夜はお寿司。次の日からは、こたつでぐーたら過ごすゲーム三昧の日々。


ぼくの三学期の修了式の翌日、ついに母さんが笑顔で怒り出した。


「中学校で新しい制服とか、ジャージ使うでしょう? 部活もするだろうし。

──何部にするか、もう決めたの? 入学式の時に新しい教科書も追加されるのよ? ……あなたの部屋、まだ小学生のままじゃない。片付けなさい」


 そこから、大掃除が始まった。

年末の大掃除からわずか三ヶ月。……年末、兄さんが手を抜くに抜いた大掃除が露呈ろていする。


 どうやら母さんは、兄さんが手を抜いていたのを承知していたらしい。ほくそ笑みながらゴミ袋を三枚、手渡していた。


そこからは、下の物を上へ、上の物を下への大騒ぎ。ほこりとゴミがいっきにわき出てきた。


 小学校で使っていた教科書やノート(落書き帳もふくむ)はすべて燃えるゴミとして出された。


 体操着だけをよりわけて、洗濯に出される。……この体操着は使いまわしで、おさがりとしてぼくの手元にくるのだろうというのは、すぐに想像ついた。


 ぼくが卒業するまで、あと残りまるまる二年間。紫穂は三年間。どうにかのりきらないと。


…*…


 兄さんの入学式よりも二日早く、ぼくらの五年生が始まった。

新しく割振わりふりしなおされた登校班では、ぼくは副班長だ。


兄さんのいない登校班は心機一転、平和そのもので、朝からお喋りしながらのんびり登校している。


途中、いつもの合流地点で紫穂たちの班とかぶった──班長は、紫穂のお姉さんが担当している。


云うことを聞かない下の子達ばかりでイライラしているのか、何度も振り返って最後尾さいこうびを気にしている。紫穂は眠たそうにあくびをしながら班にくっついて歩いていた。


 学校についた新学年当日。

り出されたクラス発表で、歓声と悲鳴がいりまじる。


もっぱらにぎやかなのは、云うまでもなく六年生。

紫穂のお姉さんが、担任が上林先生のクラスになったとわめき、悪態ついている。


お姉さんのまわりから人がはけていく。

この不機嫌なお姉さんとは、誰も関わり合いたくないらしい。


 紫穂は、新しいクラス発表の紙を見て、首をかしげてる。


ぼくのほうといえば、植田とクラスが離れてしまって、見知った名前は学級委員長をやっていた五十嵐 千佳さんくらい。


彼女、今年も委員長やるのかなあ? 面倒な委員会活動を積極的にするなんて、尊敬しかないよ。


…*…


 新しい日々はまたたくまに過ぎていく。

新しく入団させてもたっらサッカークラブは、そこそこ順調。毎回どこかしらに擦り傷を作るけど、だんだんコツをつかんできたぞ。


 植田とクラスが離れてしまったせいで、紫穂の噂話は逐一ちくいち聞けなくなったけど、それでも時々、風の噂程度には耳に届く。


 だれそれと校庭で派手にケンカしていただとか、また職員室前でが再開されただとか。


まあ、どれも何度も耳にした事のある粗野そやな話しばかりで、代り映えしないといえばそれまでだけど、それでいいんだ。


紫穂が自殺の選択肢を選ばないかぎり、ぼくはそれでいいと思ってる。とにかく生き続けるのが目標なんだから。


 今年の上林先生はわりとおとなしくしているらしい。……噂では、紫穂のお姉さんがなかなかいい味を出して、と対等にわたりあっているらしい……さすが姉妹だ。


笑っちゃいけないんだろうけど、笑っちゃったよ、ぼく。


 こうなると、ある意味では最強の姉妹なんじゃないかとも思えてくる。


…*…


 季節がめぐり、しばらくのあいだ、ぼくの心と姫小ひめしょうは平和そのものだった。──バレンタインの日に紫穂が、成瀬くんに手作りチョコレートを渡したっていう、いらない情報がぼくの耳に届くまでは。


 しかも成瀬家では、紫穂はえらく気にいられてしまったらしい。

成瀬くん本人をそっちのけで、彼の母親がしつこく「家にあがってお茶しましょう!」などとたぶらかし、


チョコを渡しに来ただけの紫穂はなかば強引にお茶会へお呼ばれされる形になったとか。


 公園で遊ぶ予定だったのに、愚痴という形をかりたのろけ話に、だんだん気分が悪くなってきた。成瀬くんはぼくの気も知らないで話しをペラペラと続けてる。


「うちの母親はさあ、子供が男ばっかりの兄弟しか産まれなかったから──あ、オレん、三人兄弟なんだよ。オレが末っ子ね。


でさ、娘がほしかったみたいなんだよ。……だからって、なんでよりにもよって八鳥を気に入ったのか、ぜんぜんわからないんだけど、バレンタインの日、他にもいろんな女子がチョコを渡しに来たのに、家にあげたのは八鳥だけ。


──おまけに、紅茶とケーキ、クッキーまで出して、もてなすもんだから、八鳥のほうが面食めんくらっちゃって、オレに助けを求めてきたのは笑えた」



 ……まじでイライラしてきた。


 他にもチョコをくれた女子がいたのかよ。

……まあ、いるんだろうさ、成瀬くんには。前からカッコよかったもんな。おなじ男子のぼくから見ても、きみはカッコいいよ。


だけど独占しすぎなんじゃないか? ぼくなんて五十嵐さんから貰った義理チョコだけだぞ? ……紫穂の手作りチョコ、おいしかったのかなあ?


ぼくも貰いたかった。……義理でもいから。……だんだん泣けてきた。


「『成瀬くんの部屋で遊んでもいいですか?』なんて云ってさ、母親の居る居間からオレの部屋に非難してきてんの!」


成瀬くんがその時の場面を思い出しながら、お腹を抱えて笑ってる。


「あんな態度になる八鳥を見たのは初めてだったな。クックックッ……八鳥って、ちやほやお姫様あつかいされるのに慣れてないんだろうなあ、まじで面白かった!」



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