~ end up ~ ⑳


 最後の一言に、紫穂が目くじらをたてた。


「女のいやがらせの仕方なんて、毎日あびるように受けて生活しているわよ! だけどわたしはそのやり口が気にいらないから、マネもしないし、まなぼうともしないわけ!


──ほんっと姑息こそく卑怯ひきょうよね。とらを借りる狐って感じで! べつに、あんた達の事を云ってるんじゃないのよ、わたしのお姉ちゃんがもろそんな感じで、嫌気いやけがさしているだけ」


「まあ、わかるよ」代表が知ったふうな相槌をうった。「あんたも毎日苦労してるのね。……家族だから逃げようもないし、家族だからこそ、家の中じゃもっとひどいんだろうね」


 紫穂が目を丸くした。「あんた、お姉ちゃんの、知ってるんだ?」


「そりゃあねえ。学校でもブイブイやってるよ、あの人」


 代表の激白に、まわりの女子もうんざりと声をあげた。「つまるところ、妹はさんとはても似つかないってことだね! ほんっと性格悪くない、あの人?


なにかと押しつけがましいし、情にうったえてくるあの感じ? こっちの罪悪感をうまいこと利用してくるあの口車には、ほとほとうんざりする!」


 紫穂が苦笑くしょうした。

身内とはいえ、こうもあけすけに批難ひなんの声を訊くと耳が痛むのかな? 

自分のお姉さんも諸悪の根源である事実に。


 こっちでは成瀬くんが口をわって、耳打ちするように云ってきた。


「八鳥のお姉ちゃんってさ、怖いんだよ。なるべく関わらないほうが良いよ──よく話しというか愚痴? 聞かせれてるかぎりでは、かなり性根が腐ってると思う。


八鳥のお姉ちゃん、毎日、猫みたいに爪をみがいてるんだって。

爪の先っちょを、弓矢みたいにとんがらせて、それでひっかいてくるらしいよ。


前に、八鳥、顔にひっかき傷つくって学校に来たんだけど、なんでもケンカになった時に『顔に一生残る傷跡きずあと残してやるっ!』って襲いかかってきたらしいんだよ。


猫のヒゲみたいに、左右のほっぺに三本の傷跡、つくってきたよなあ?」


 確認をされた高橋くんが笑った。「あの傷跡は笑えたよな! ほんと猫のひげみたいだった! しばらくその事でからかって遊んでたけど、でも傷跡残らなかったじゃん、結局。残ったら、それはそれで面白かったのに」


 どこまでも幼稚な発言をする高橋くんの返しを聞いて、成瀬くんか眉間にしわを寄せて閉口した。


ぼくも、五十嵐さんもだまって高橋くんを批難がましい目で見る。


だけど高橋くんはなにもわからないのか、へらへらしっぱなしだ。


……一生消えない傷跡を、女の子の顔にわざとつけようとする悪意。それの意味がわからないのか? しかも女同士でそれをしたんだぞ?


女だからこそわかるイヤな事を、あのお姉さんは自分の妹にしたんだ。サイアクじゃないか。


 紫穂は、上林が姿を消した方角をジッとにらんでいる。戻ってくるのを待っているんだ。


 ほどなくして、上林は姿をあらわしたらしい。こっちではまだ見えないけど、紫穂を中心にしていた女子達から、お喋りの声が消えた。


まわりの女子にも張りつめた空気が伝わって、徐々に静かになる。──シンと静まり返った。代わりに、妙な音が遠くから響いてくる。


 ──パシーンッ! ──パシーンッ! ──パシーンッ……!


 なんの音だろう? なにかを、廊下の床に叩きつけながら近づいて来る音。

……上林先生は、なにをしながら歩いてるんだ?


 ぼくらが耳を澄まして警戒していると、疑問はすぐに解決した。


上林先生が、竹刀しないを持ち歩いて、それを床に叩きつけながらこっちに近づいて来てる! ──ウソだろう!


わざわざ竹刀なんか取りに行ってたのかよ! 信じられない! どこから竹刀なんか……ああ、そうか、体育館に行って、倉庫から引っぱり出してきたんだ。


え、上林は、その竹刀を使って、ここにいる女生徒全員を痛めつける気なのっ?

まずくないか? みんな、逃げないと!


 ぼくと同じで、そう判断した女子の何人かが尻込みして後ずさりを始めた。だけど紫穂は違う。前に出て、代表達を背の後ろに隠しかばう。まるで物怖ものおじしてない。


正気かあ? 竹刀だぞ? 叩かれたら痛いにきまってる!


 ──パシーンッ! ──パシーンッ! ──パシーンッ! 上林が、楽しそうに顔をゆがめさせ、紫穂を見ながらその前を通過する。


その背中に向かって、紫穂がケンカをふっかけた。


「うちのお父さんもさあ、ああやって武器になる物をこれ見よがしにるってくるんだけど、ああいうの共通点なのかしらね、竹の武器を振りまわすのは。


──うちのお父さんは、お裁縫さいほうで使う二尺の竹の物差しでバシバシやってくるよ。普段はカーテンレールの上にその竹尺を隠しててさ、いつでも使いやすいようにそこに置いてるの!


バッカみたいだから、わたし前にへし折ってやったのよ。そしたらまあ激怒しちゃって! 素手で殴る蹴るが始まったってわけ!


そしたらいい加減、自分の手が痛くなったのか、拳をさすりながらその日の半殺しをきりあげちゃって、わたし笑っちゃった。


──そしたら今度はお母さんに『新しい物差しを用意しとけっ!』なんて指図さしずして怒鳴りちらすでしょう? 使い方がおかしいったらありゃしない。


だからわたしはれちゃって全然怖くないんだけど、あの竹刀と竹尺、どっちが痛いのかしらね? 太い分、竹刀のほうが痛くなさそうだけど、どう思う?」


 わけのわからない話しをふられた代表の口が、ひらきっぱなしでふさがりそうもない。


紫穂は代表からの応えをあきらめて、もうひとりの子に目をやった。さっき、饒舌じょうぜつにお姉さんの悪口を云っていた子だ。


その子が、なんとか声を出した。「──ど、どう思うって、そりゃあ、頑丈がんじょうにできてる竹刀のほうが痛いにきまってるでしょう? というか、あんた、いつもそんな物で叩かれてるわけ?」


 紫穂は鼻で笑った。

「頑丈な分、じゃない、竹刀って。竹尺はムチみたいにしなるから、痛いよ? 慣れたけど。……ああそうだ! わたし、太刀取たちとりってやつ、してみたかったんだよね! 時代劇で出てくるやつ!


手ぶらで敵陣に行って、現地でかたなを調達すればいいじゃないかっていうアレ! やってみたかったんだよねえ!」


最後は、思いっきし上林先生に向かって声をはりあげた。


上林先生が紫穂に向かって振り返る。みんなが息をとめた。


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