~ end up ~ ⑲


「いつも名札はずして外で遊んでたら、そりゃ気づかないよな」成瀬くんが面白そうに相槌あいづちをうってきた。「これからは敬語をつかったほうが?」


 なんだかヒニクまじりに聞こえるのは、気のせいだろうか?

気のせいであってほしい。せっかく仲良くなったんだ。今さら、公園で会っても蚊帳かやの外、一緒に遊ばないとかは、よしてくれよ?


 五十嵐さんがひじでぼくを小突こづいてきた。


「なにって、三年生に知り合いがいたんだ? 近所の子じゃなさそうね。あなたがひとつ上の四年生だって知らなかったみたいだし。……外で遊んでたらって、いつもどこで遊んでるの?」


 質問攻めにやれやれする。

しかも五十嵐さんにはツッコムところもあるときた。


「高橋くんだよね?」呼びながら彼の名札を見ようとしたけど、服にぶらさがってるはずの名札が無い。

……だよな、紫穂の友達だもんな、知ってる。


校則に縛られたくない問題児の学年。そりゃ名札もつけないよな。「今日は名札、忘れちゃってるみたいだけど、ちゃんと顔も名前もおぼえてるよ」ここでぼくは成瀬くんを見た。


「敬語なんて、今さらだろう? いいよ、これまでどうりで。……逆に、今さら敬語を使われると、なんかしっくりこないというか、気持ち悪い」


 ぼくの意見を聞いて、二人は爆笑した。なにがそんなに面白いんだか。


ゲラゲラ笑う二人をまじえて、五十嵐さんにも説明する。「いつも公園で遊んでるんだ。木登りしたり、サッカーしたりして。もっぱら、ぼくはこちらの三年生からおそわりっぱなしだけど、楽しいよ。

みんな教えるのがうまいんだ。──ところで今、ぼくのこと〝トリミン〟って呼んだ?」


「呼んだよ? ──いいでしょ! あだ名、思いついたの!」五十嵐さんの笑顔がパッとはなやぐ。「昨日、植田が話してるのを聞いてて思ったんだよね! 『鳥海んで』ってところで、引っかかりを感じたの。


こう、なんていうか響きはいいのに、言葉につまるっていうか、ひっかかる発音が気になってしょうがなかった。そしたら思いついたの、だって! トリミンで勉強する──これなら云いやすいでしょう?

だから今からあなたのあだ名はトリミンね!」


 そんな……〝異論は認めません〟みたいな云いかたをされたんじゃ、これは決定事項じゃないか。けど……あだ名か……悪くないかも。


 ……トリミン。


 もう一度、頭の中で復唱ふくしょうしてみた。──トリミン。うん、悪くない響きだ。


それに……なんだか嬉しいな。

あだ名をもらえるって……友達として〝仲間っていうれ〟にむかえられた気分になる。


 植田も、ぼくの新しい呼びかたを歓迎かんげいしたらしい。笑顔で肩を叩いてきた。


、いいじゃん! オレはずっとって、下の名前で呼びたかったけど……今日から涼って呼んでもいい?」


「あだ名をもらえて嬉しいよ」ぼくは素直に感謝した。「でもでも、好きに呼んで! けっこう気にいったかも、ぼく」


「それ、オレらも呼んでいいの?」高橋くんが悪ふざけて、ニヤケ顔で横やりをいれてきた。成瀬くんがすかさずたしなめる。


「仲がいいっていったって、あくまでこの人はひとつ上の先輩なんだから、そこまでずうずうしいのは考えものだよ。……で手を打たないか?」


成瀬くんが、ぼくと高橋くん両方に提案してきた。


 高橋くんはそっぽを向くと、少し考えたのか、頭を縦に揺らした。「──じゃあ、鳥海くん。これからもよろしく!」


 ぶっきらぼうな歓迎の仕方にぼくは苦笑くしょうした。「これからもよろしくね、ふたりとも」


 ぼくら全員が笑顔でうちとけあったその時、まわり一斉いっせいが静まりかえった。──あの静寂のとばりだ。


 階段に座りこんでた高橋くんが、すかさず立ちあがった。真剣というよりも、ケンカ腰の目つきで獲物えものを探している。


ぼくらも見渡して、をする。すぐに見つかった。


 上林先生が、職員室から出てきたところだった。

まわりの生徒全員が、まるでゴキブリでも見る目つきで先生をねめつける。


そして先生の進む先にいた生徒は、ゴキブリをけるように悲鳴をあげながら飛びのく。……見ていて、滑稽で面白かった。


たしかに害虫だよね、この人の皮をかぶったけだものは。


 獣は背を丸くして──肩身がせまそうに──そそくさと、この居心地の悪い集団内から逃げるようにどこかへ行った。


今日は別校舎方面じゃない。ここ本校舎の、もう一つの階段と、体育館に続く通路がある方角だ。

自分が担任するクラスにでも向かったんだろうか。


 先生の姿が遠のくと、静寂の帳にお喋りの声が戻ってきた。

どれもせせらあざけり笑う調子の声。


 こっちでは高橋くんがだまってなかった。


「あの先生、ほんと辞めてほしいよな。あんなのが先生って、おかしいだろう。アレが先生になれるんなら、オレだって先生になれそう。──先生になるのって、簡単なの?」


 訊かれた成瀬くんは顔をしかめた。視線の先はどこかを見ている。


「まあ、簡単かもね。とりあえずテストの点数が平均点以上なら、そうむずかしくはないんじゃないかな?」


 痛いところをつかれたのか、今度は高橋くんが顔をしかめた。


「オレさあ、今回、テスト勉強ぜんぜんしてなかったんだよねえ。だから空欄ばっかり!」


「じゃあこれからは、ちゃんとしてこいよ。──八鳥はそのへんの所だけはちゃんとしてる。見習みならえば?」


なんだかトゲのある口調だ。

ずっと成瀬くんが見ている視線の先を追ってみる。……紫穂がいた。イラついてるのか、けわしい顔つきで親指の爪をかんでる。


 代表がそれをとがめた。「爪をかむクセ、やめなよ! 汚らしいよっ? それにね、爪をかんでると深爪になって、そのうち爪が短くなっちゃうんだから!」


「今はそんなのどうでもいいでしょう」紫穂はイラつきを隠そうともしない。今度は代表に噛みついた。「アイツどこ行ったのよ? 追いかける?」


 代表と、まわりの女子全員が紫穂をとめた。「ダメ。追いかけないで。私達はここで待ち伏せしてるだけでいいの。ヘタに動いたら、げ足取られかねない」


「いい? ウチラはあくまで〝ここでたむろしてるだけ〟。いやがらせしてるわけじゃない。この立ち位置を動かしたらいけないの」


「ねえ、この子ホントに女の子なの? 女のいやがらせの仕方を知らないなんて、今までどうやって生きてきたわけ?」



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