~ end up ~ ⑱


 週明けの月曜日から、三学期、最後のテストが始まった。


テスト期間中でも、

きっと今日の昼休みには、また〝追い込み作戦〟が実行される。


テスト以上に憂鬱ゆううつなスケジュールがあるから、肝心のテストに集中できるもんかと心配だったけど、それはそれ、なんとか取り越し苦労でこなせそうだ。


 植田と勉強会を開いたのがこうしたかな。

頭の中のスイッチが切り替わって、ちゃんと勉強できた……というか、


植田がどうにも学問ボロボロで、問題の出し合いっこから始まったのはいいものの、

最終的にはぼくが個別教師の役割をしなきゃならない始末。


このちゃっかり者の植田は透明人間じゃあるまいし、

さあテスト勉強のドリルふたをあけて開始するぞと意気込んでみたものの、

いざあけてみれば、いままで、なにをどう授業に出席していたらこんな頓智気とんちきにしあがるのか疑問に思うところだらけ。


だけど、すぎた事をとやかく云うよりは、もはや先のテストに集中するべきとこちらが割り切り、思考も強制的に切り替え、猛勉強をした。


漢字にいたっては、もはや写経しゃきょう


苦行くぎょうのはてに、ようやく明るい未来のきざしがうかがえて、肩をなでおろした。


 そんなわけで、午前中のテストは絶好調でいどむことができた。

……そしてくる、憂鬱なチャイムな音。


テストのほうが気楽で、昼休みのほうが気が滅入めいるなんて、始めてだよ。


 給食を食べ終わって、のろのろ食器をかたしていると、はりきり顔の植田に肩を叩かれた。


「さっさと行こうよ! 今日もつづき、やるんだろう?」


そわそわと落ち着きのない植田は、今すぐにでも職員室へ行きたくて、しょうがないんだなあ。見ればわかる。勉強の時とあきらかにやる気テンションが違う。


 ぼくはやっぱりのろのろしながら残りの食器を片付けた。


「テスト中でもこういう事をしなきゃならないって、考えものだよなあ」


 ぼくのぼやきに、植田が前のめりではげましてきた。テスト勉強の時と、立場が逆転したな。


「だとしても今やらないと! 三学期はすぐに終わっちゃうし、このまま中途半端な状態で上林をほったらかしてたら、もともこもないじゃないか! 来年、うちの姉ちゃんは六年生になっちゃうし、今とめないと! ──五十嵐さんも行くって云ってるよ?」


 最後の言葉に耳をうたがった。


「えぇ? あんな事があったのに、五十嵐さんも来るの? 大丈夫なの? 無理して行く事じゃないのに……それこそ今とめないと。

自分を大切にするのを一番にしないと! 五十嵐さんの心がもたない」


云いながら五十嵐さんの姿を探すと、背後から声をかけられた。


「心配してくれて、ありがと!」明るく、言葉をはずませるしゃべり方。


元気な五十嵐さんの喋り方だ。

振り返ると、喋り方とおなじ元気な表情をした五十嵐さんが、食器の片付けの順番待ちで、すぐ隣に並んでいた。


ぼうっとしてたせいで、ぜんぜん気づかなかった。


「私、もう大丈夫だから。植田と一緒で、来年のお姉ちゃんが心配なの! だから今のうちになんとかしたい! でも、怖いのは確かなの……そのう、今日からは、あなた達と同じ場所からのでいい?」


 つまり遠目から参加するって事か。

いいもなにも……「いいけど、五十嵐さんほんとに大丈夫なの? アイツの顔、見るのもイヤでしょう?」


 トラウマのたねをみずから進んでふくらまし育てるのは、得策じゃない。紫穂がそうだ。精神をむしばまれてしまう。


(紫穂の場合は不可避ふかひで、否応いやおうなくトラウマの種をえつけられ続けてるんだろな、きっと。


じゃなきゃ、ああまでボロボロにはならない。……くそっ! くやしいな……! あの家族にこそ鉄槌てっついをおろしてやりたいのにっ!)


「イヤだけど……」五十嵐さんはくるしまぎれの微笑びしょうをうかべた。「でも〝明日は〟よ?」


 …──確かに! 確かにそうだ。

来年、ぼく達は六年生になる。


すぐそこまでせまっているお姉さんの代が終わったら、その次が自分達の番になってしまう。あの上林が担当したがっている、最高学年の六年生に。


 もう、ほんとにあとがないんだ。

いまここで上林をつぶしてしまわないと。


「そうだね」ぼくは認めた。「じゃあ、徹底的に追いつめよう」


「その意気だよ!」植田が後押しする。


「みんなが一緒なら、きっとなんとかなる! 頑張ろうね!」五十嵐さんもエールを送ってきた。まるで自分にも云い聞かせるようなエールを。


 ほんっと、いたたまれないよな。さっさとこんなくさった胸糞悪い事柄ことがらとおさらばしたいよ。


……上林先生、移動してくれないかなあ? ふとそんな事が頭によぎったけど、でもそれは、アイツをで野放しにするって事だ。


移動した先でも、上林は猥褻わいせつの被害者をうみだすにきまってる。

そしたら、やっぱりここの学校にいる間中に、アイツのメンタルだかプライドだかをズタズタにしてやる必要がある。──やってやる。


 ぼく達は、さほどいそぎ足じゃないにしても、そそくさと集合場所に向かった。あんのじょう、人だかりはもう出来上がっていた。


このあいだより人数がかさししているように見える。

だって、ここ外通路にまで、人があふれてきているもの。


 外通路から本校舎への入り口で、背伸びをして奥をのぞいている子もいる。

その人数にぼくらは圧倒されながら、人ごみをぬいわけ、高台階段へ昇った。


 高台階段には、すでに先客が居た。見知った顔だった。

木登りがヘタな高橋くんと、かっこいい成瀬なるせくん。紫穂のだ。


 階段で座りこんでる高橋くんが、ぼくの顔を見るなり目を輝かせた。

「よう……! おまえ、オレらと同じ学校だったのかよ……知らなかった。

っていうか──げっ! しかも一個上だったの? うわあー、そういう事は早く云ってくれよ~、オレ、いままでずっとタメ口いちゃってたじゃん!」


 なるほど……紫穂の友達なわけだな。紫穂とおなじような事を云う。面白いじゃないか、高橋くん。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る