~ end up ~ ⑯


 午後の授業も、来週のテストへ向けて、遅れている部分の追い込み授業となった。


なのに学級委員長の五十嵐さんは、昼休みのあの一件からクラスに戻ってこない。

お姉さんの代表と保健室に行ったっきり。


 放課後にお姉さんの代表が、ランドセルやその他もろもろの荷物を取りに、ぼくらの教室に顔を出した。


 代表は、教室内にぼくと植田っていう知った顔を見つけると安心したのか、弱々しくはにかんだ。


千佳ちかのロッカーの場所、教えてくれる? あの子、保健室から一歩も出たくないって強情ごうじょうになっちゃって。


……千佳はちいさい頃から、ああなるともう、ほんとに一歩もゆずらないの。こまっちゃうでしょう? だから私が荷物を取りに来たんだけど、ロッカーの場所がわからないと、手間てまじゃない?


あんた達がおなじクラスでよかった。──で、どこ?」


 クラスの勝手知かってしったる植田が率先そっせんして席を立った。


「ここだよ、五十嵐さんのロッカー。いつもキレイに整理整頓されているから目立つでしょう?」


 得意げに云う植田の話しを聞いて、ぼくも確かにと納得した。


ぼくもそうだけど、みんなロッカーに荷物をぎゅうぎゅうに押しこんでて、

給食の巾着きんちゃくやら、上履き入れ、上着だの、なにかしらがロッカーからはみだして、だらしなくタレさがってる。


五十嵐さんのロッカーだけがいつもキレイさっぱりしている。……どうやって荷物の整理をしているんだろう。ほんと感心しちゃうな。


 植田の説明を聞いて、ロッカーの場所を目視もくしした代表が、笑顔をほころばせた。


「ほんとだ、ちゃんとキレイに使ってる」


 ぼくはいそいそと、自分のランドセルの中からノートの切れはしを引っぱり出した。ついさっき、植田と一緒にまとめた今日の授業分のノートだ。


 業間休みの前にやった国語の授業で、葛城かつらぎ先生がテストに出るからねと、カツカツやっていたアレ。


まずった事に、ぼくらはノートをりそこなっていたし、それはきっと五十嵐さんも同じなはず。

だって、ぼくらと同じペースでいそいでいたんだから。


それに午後の授業に、五十嵐さんは出席してない。


 そのぶんを、植田と手分てわけして五十嵐さん用をまとめた。ノートの一番うしろのページを使って。


 ノートから切り離した、紙の切れ端になってるけど、テスト勉強をするうえで、無いよりはマシなはず。


「これ、五十嵐さんが出席しなかった授業のノート。その……切れ端でみすぼらしいかもしれないけど、テスト勉強の役にはたつかなって思って、執っといたんだけど、よかったら、これも一緒に持っていって」


もごもごしながらしか云えなかった。


だって、ぼくの字は悪筆あくひつだし、切り離すときに失敗して、少し紙がよれてしわになっちゃってる。


これを受け取った五十嵐さんが顔をしかめるのは、かんたんに想像がつく。


 ノートの切れ端を見た代表が嬉しそうに、笑顔で応えてくれた。


「世の中の男子が、あんた達みたいなのばっかりだったらいいのに……。このノートは、悪いけど、あんたから千佳に直接わたしてくれない? 私はほら、荷物で手がふさがるし」


代表は片手に五十嵐さんの重いランドセルを持つと席に移動した。

もう片方の手で、椅子に引っ掛けられた上着をつまみあげて見せてくる。


 ぼくは植田に助けを求めて視線を送ったけど、植田は自分の荷物をまとめてて、目が合わない。


……なんだよ、これじゃあ、おこったら怖そうな代表と口をかなきゃならないじゃないか。まいったなぁ……イヤだなぁ。


 ぼくはしかたなく──なかば開きなおって──恐るおそる訊いてみた。


「──え、でも、ぼくが保健室にはいって、いいの? 今はその……男子とあまり顔を合わせたくないんじゃないかな、五十嵐さん。今日は怖いめに遭ったばかりだし」


だからいいのよ」代表はなぜかぼくを指名するように云ってきた。


「あんた男子だけど、その……云っちゃあ悪いけど、貧弱ひんじゃくそうだから全然怖くないし、今日中に男子にれてもらわないと」


ここで代表が顔をしぶらせた。


「このまま男が苦手なまま家に帰って、登校拒否をしてる子の二の舞にでもなったりしたら、私、自分が許せなくなりそうなの。……私が巻き込んじゃったフシもあるし。

だからお願い。そのノートのうつし、あんたから手渡してくれない?」


 なるほど……云われてみれば、確かにそうかもしれない。五十嵐さん、すごくおびえて泣いていたから。


(それにしたって、ひどくないか? こうもはっきりと云われたぼくの気持ちも少しは考えてみてよ、代表。けっこうグサリときてるよ、ぼく)


「……それじゃあ帰る前に、保健室に寄って、写しをわたすよ」


保険に、長居しないのをにおわせておく。


 植田が上着を着こんでランドセルを背負しょった。

「テスト前にこんな事になって、さんざんだよなあ、五十嵐さん。──あ、そうだ! 今日さ、鳥海んに遊びに行っていい? テスト勉強、一緒にしたいんだよねえ。


……さっきノートを執ってる時に思ったんだよ、やっぱ鳥海は頭いいなって。おまえん、学校から近いし! だからお願い! わからないところ、教えて!」


 代表がフフフと笑った。

「あんた今日、たよられっぱなしじゃない。……いい子なのね」


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