~ end up ~ ⑭


 代表が首を縦にコクコクさせたのを見て、ぼくと植田はスタートした。


階段を三段降りて、外通路へ行き、別校舎にはいる。最初に保健室をノックした。


「失礼します。保健の先生、います?」植田はドアを開けるや、空間に向かって声をかけた。


保健室の中は、給食ののこと、独特な消毒液のにおい、それと灯油ストーブのにおいとが混ざり合い、なんともぎ慣れない異質な部屋になっていた。


真ん中に教卓を置いて、先生はそこで給食を食べていたよう。まだ給食の食器がトレーごと残っている。


 植田からの声掛けに、ベッドをしきっているカーテンがシャッと音をたてた。

白衣を羽織はおった先生が、カーテンをかきあげるようにして出てきた。


「居るけど──どうしたの? 給食を食べたあと、気持ち悪くなっちゃった? あ、校庭で遊んでてころんじゃったとか?」


先生がぼくと植田の足にり傷がないか見てくる。

でもぼくらには、擦り傷どころか、校庭の土で汚れた箇所もない。先生は首をかしげた。


「血も出てないし、気持ち悪いの? 熱、はかってみましょうか」


教卓の上に並べ置かれた銀色のカップの中から、体温計を引っこ抜き、ぶんぶんと振る。ぼくと植田はまごついた。


なにをどう云って事情を説明したらいいんだ?


保健の先生は優しいからといって、なんだかんだ〝学校の先生側〟だし、ヘタなことを口走って、先生側に情報を渡したくない。


 水銀の体温計を差し出されたところで、──どういうわけか、先生はなんの迷いもなく、体温計をぼくにしだしてきた。植田もいるのに。


……そんなにぼくは軟弱なんじゃくに見えるの? ちょっとショックだなあ──ぼくはすこし落ち込みながら、植田とパイプ製の丸椅子に座った。


先生の優しい勘違かんちがいにあやかり、仮病けびょうをきめこむ。


 熱をはかっているあいだ、ぼくは先生が出てきたベッドを見ようと、カーテンで隠されている下をのぞいた。


かがんで見たけど、床に履物はきものは無い。つまり、誰も居ないってこと? じゃあ、先生はベッドでお昼寝でもしてたの? 給食の食器も戻さずに?


それにそもそも、どうして保健の先生はここで給食を食べてるんだろう?


「保健の先生って、ここで給食を食べるんですか? 年中保健室に居てくれるのは知ってましたけど、給食の時間だけは職員室に行って他の先生と一緒に食べているものだと思ってました」


 ぼくの素朴そぼくな質問に、今度は先生がまごついた。


作り笑いらしきものを顔にはりつけて、そわつく両手を白衣のポケットにっこむ。


足取りもそわつかせ、時間のやりすごしもなくなったのか、教卓の席にまわりこむと、座った。

ポケットから手を引っこ抜いて、卓の上ににぎり合った両手を置く。


先生は作り笑いを弱々しい笑みに変えた。

目にはかすかに涙でうるんでいるように見える。だって、目がキラキラしているんだもの。

……なんか、訊いたらまずかったのかな。


「先生達のあいだでも色々とあるのよ。だから私はここでひとりで給食を食べてる。でもそれでいいの。


時々、給食の時間でも急に具合を悪くして、吐きながらここにくる生徒もいるし、私はここで給食を食べるの正解だったんだなって、そう思ってる。


……だからね、もし、教室でみんなと給食が食べるのがイヤだなって思っている子が居ると知ったら、どうかその子を変わり者あつかいしないで、教えてあげてほしいの。


『保健室に行けば、保健の先生と一緒に給食が食べられるよ』って」


 植田も訊きづらいのを承知のうえで会話にはいってきた。「それって……先生達のあいだでも、その……職員室内でがあるって事ですか?」


 心配そうに訊かれて、先生はけなげにも無理したみを顔中に広げる。


「その人にとって、なにがイジメだと感じるか、なにをされてイヤだと思うのかによるけど、私はイヤな事があったからここでこうして、ひとりで給食を食べてるだけ。いま云えるのはそれだけかな!」


 最後は元気そうに声をあげて云っているけど、無理をしているのは子供のぼくらの目から見てもあきらかだ。


──学校という場所は、ぼくたちが知らないだけで、職員室内……つまり先生達同士でも色々あるらしい。


なのに子供である生徒には〝仲良くしろ〟〝ケンカするな〟〝だれかを仲間はずれにするな〟〝イジメるな〟としかる。


……上林先生もそうだけど、ほんと、どの口が云えたんだろう。自分達の事は棚に上げておいて。


……でもそっか、汚い大人が多くいるという事は、それだけつらい思いをいられている人も多くいる、という事なのか。


──紫穂、世の中を変えるっていうのは、なかなかきびしそうだぞ。こんなていたらくな世の中が当たり前のように充満し、まともな人々は声をあげる元気さえ奪われているような世の中。


腐敗が進みすぎてる。

腐った部分はてないと良くなりそうもない……。


 ぼくが考えにふけっていると、植田が手を差し出してきた。「もう熱、はかりおわったんじゃない?」


「そうね、そろそろ七分くらいったかしら。体温計、出して見せて」


ふたりに云われ、服の隙間からわきに手をつっこんで体温計を抜く。

見せる前に、クセで自分の体温に注目してしまった。


36.7℃。


まあまあ、普通。……良かったぁ。


なにかの間違いで熱でも出たら、また厄介な話しになるとこだった。

例えば、母さんが学校に迎えに来るとか。



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