~ end up ~ ⑪


 それなのに。

植田や、ぼくにとって、あの告白は大事件だったのに、

紫穂にとってはとるにたらない、とくだんかまう必要もない、ありきたりな出来事だったのかもしれない。


 植田は今この場で紫穂から怒られなくてよかったと云うけれど、

こうまで相手にされないと、もっと他を心配したほうがいいように思う。


──たとえば、また記憶のが起きて、昨日の告白ごと植田の存在を忘れているとか。


 ぼくは隣りでそわついてる植田にバレないよう、静かにため息を吐いた。


……紫穂の記憶から、昨日の告白が消えているかもしれないというのは、植田にはだまっておこう。


失恋でショックを受けているところにもってきて、そこへわざわざ傷口に塩をぬりこむようなものだし。


「……紫穂はいま、上林先生のことで頭がいっぱいなんだよ。こんなチャンス、またとなさそうだし」


 ぼくの誤魔化しの弁解ぜんかいに、植田はまんまと同意してくれた。


「確かになあ~。この状況、運動会の時より団結だんけつしてるよ。しかも学年を飛び越えて。ほんと、すげぇよ……」


 植田が感心するそばから、

また他の女子がちらほら集まってきた。


……二人組、三人組。……また二人組。


 それぞれの仲良しグループは人数が少ない。

だけど少ないなりに、この反旗はんきグループに合流をはたせば、れはどんどん大きく膨らんでいく。


いまや群れの数は、ゆうに五十人は超えている。


しかも群れの目的はみなおなじときた。


〝なにがなんでも上林先生をつぶす〟この事だけに全力で集中している。


こうなるともう、ちょっとやそっとじゃ折れないだろ……上林先生がどのツラさげてこの集団を相手にし、どんな反応をするのか、見ものじゃないか。


 ぜひとも、悪足掻わるあがきする、なさけない姿を見せてくれ。

それでバツが悪くなって、学校に来るのがイヤだと思うほど


──登校拒否へ追いやられた生徒の気持ちにはほど遠くても、それでも少なからず、先生が職場移動を願いたくなるほどの──


精神的ダメージをってほしい。


 紫穂とおしゃべりを再開していた代表の動きが止まった。

ピンと張りつめた……いや、こおりついたように廊下の先を見ている。


瞬時にわかった。──上林先生が来たんだ!


 紫穂たちは廊下と廊下(T字路)のかど陣取じんどっているから見逃す事は無いけど、ぼくらがいる高台階段からは、その視線の先は死角だ。


ここからじゃ上林先生が近づいて来ているのかさえわからない。

けど、間違いなくあらわれたんだ。


 紫穂は、口をざした代表のピリつく表情を見るや、代表の視線の先を追い──目つきをするどくさせた。


紫穂も見つけたんだ。


 三人女子がピリついたおかげで、ぺちゃくちゃお喋りでにぎわっていた集団から、サーッと声が消えていき、あっというまにシンと静まり返った。


外の校庭や、他の階で遊んでいる生徒の甲高いはしゃぎ声がときおり届くけど、それにしたって、ここは本当に昼休みなのか? と訊きたくなるほど静かだ。


 死角でむらがっていた女生徒が、けるように道をあけるのが見えた。紫穂たちの視線も動いている。目で追っているんだ。


 死角からあらわれた上林先生は、どういうわけか、かなりニヤついていた。

下心丸出しで、あからさまに上機嫌な雰囲気。


ぼくの眉が嫌悪感で自然に寄っていく。


「どうしたんだ、こんなに集まっちゃって。いま昼休みだろう? なんの集まり?」


近場の女子にデレデレと訊きまわるように話しかけているけど、この場に居る誰しもが嫌悪感でいっぱいだ。


〝食べたばかりの給食は吐くまい〟とするような、けわしい顔つきをする女生徒の誰にも、先生からの質問に応える気はなさそう。


そりゃそうだ。


誰も、上林先生と口を利きたくないに決まってる。

口を利けば、ヘタしたら、おさわりの対象にされちゃうもんな。


みな口をつぐんで、じっと嵐がすぎさるのをしのんでいる。


 上林先生は、ピリついている女生徒を見渡して、なぜかほほを高揚させた。


気のせいかな……鼻息もあらげているように見える、

遠目からでも、そう見える──うげぇ、気持ちわりいっ! 上林先生はよろこんでいるんだ! 女子にかこまれて!


 相当そうとう頭がやられているのかもしれない! こんな状況で悦ぶなんて、普通じゃないぞっ。


 上林先生は色目をつかって、一人一人を物色ぶっしょくするように目をとめながら職員室のドアへ移動し、中へはいりしな、猫なで声をだした。


「喧嘩もしないでこんなに仲良く遊べて、えらいね」


語尾にハートマークがついてくるような男の猫なで声を聞いたのは、これが初めてだ! 気色悪きしょくわるぅー!


 ぼくが「おえっ」てなりそうなのをこらえているあいだに、職員室のドアは閉まり、上林先生は消えた。


途端とたんに女子がさわぎだす。


「なにアイツ! この状況がまるでわかってないじゃない!」先にいか心頭しんとうの声をあげたのは代表だった。


 続けて、代表の妹である五十嵐さんも声を大にする。「気持ち悪かった! 私、目が合っちゃった! もうやだっ! ねえこれ、ほんとに意味あるの?」


「わからせるまで、徹底的にやるしかないね。あの色ボケしたけた脳みそでも理解できるように追い詰めないと……」紫穂が低い、ドスの利いた声音こわねをあたりに周辺に響かせた。


ほんと、紫穂の声って、よくとおるよな。


 紫穂の、〝地の果てまでも追いかけてやる〟という、あふれ出る殺気さっき気迫きはくは、他の女子達の背中を後押あとおししたように見える。


おののきつつあった女子の士気しきは、一変いっぺんして、殺意にもた雰囲気をまといはじめた。


たがいの顔を見合い、かたく頷きあっている。


 そこからヒソヒソ声が始まり、ヒソヒソ声も大軍たいぐん全体あげてのものになると、ささやき声の大合唱のようになった。


誰がなにを云っているのか、さっぱりわからない。

だけどこの廊下中の空間を、不気味ぶきみな呪文が埋め尽くしている。


職員室の中にまで聞こえていても、おかしくないくらい。


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