~ end up ~ ⑩

 紫穂が〝おひらき〟とばかりに、手を打ち鳴らした。


「はい業間休みはここまで! みんな、次は昼休みに集合ねっ!」


「なんであんたが仕切しきってんのよ!」代表がぴしゃりと指摘する。「これは私が考えたさくなんだからね!


──それじゃあ五年、私達は自分達のクラスに戻るよ~。……あんたは好きにしたら?」


最後まで紫穂に毒つくこの代表は誰なんだろう。


 ここからじゃ遠くて名札が見えないな。


 ぼくは植田に目をやった。「あの五年生、女子代表みたいな人って、誰なのか知ってる?」


 植田は笑いにゆるませた表情のまま、なんなく教えてくれた。

「あれね、五十嵐の姉ちゃん。オレらとクラスが同じの、五十嵐」


「あ、どうりで……」ぼくは合点がいった。「情報が植田とおんなじで素通すどおりしてるわけだ」


「まあ、その点はべんりだよな、上の学年に姉弟きょうだいがいると。鳥海も兄ちゃんいるよな? 色々話しがまわってくるだろう?」


 植田から訊かれて、ぼくはむっすりした。


兄さんから聞かせれる話しといえば、紫穂の悪口ばかり。

なにかためになるような話しを、兄さんの口から出てきたためしがない。

勉強においても。……兄さんは、ほんとに頭大丈夫なのかなあ?


「上にいるのがお姉さんか、お兄さんかで、ちょっと違うのかもしれない」自分でも、無駄にかばってるなあと思いながら、

兄さんの存在を隠すように引っ込めた。「ぼくの兄さんはなんにも知らないのか、なにひとつとして教えてくれないよ。そう思うと〝女子特有の連絡網れんらくもう〟の速さって、すごいね」


「ふーん。そんなもんなんかなあ?」


植田の問いに、心の中で〝たぶん違うよ〟とはっきり答えは出ていたけど、心の中でとめておく事にした。


自分の身内で一番近い存在である兄さんが、どちらかといえば〝きたない大人り〟だという事実に、顔をそむけたかったから。


 植田がすっくと立ちあがった。


「オレらもクラスに戻ろう! まじでそろそろチャイム鳴りそう──」


 植田の声に被るようにチャイムが鳴って、ぼくたちはいそいで走りだした。気づけば、この場にまだいるのはぼくたちだけだ。


 教室へ向かうべく、走りながら思った。……次の昼休みが楽しみだなって。


…*…


 午前中の授業が一通ひととおりおわって、いつもの楽しい給食も終わった。


 今日が給食当番じゃない、くじ運のめぐみに感謝して、植田と意気揚々にクラスを出ると、学級委員長の五十嵐さんと、はち合わせた。


クラスも同じなもんだから、進行方向が同じだと、どうしてもかち合ってしまう。


五十嵐さんはぼくらを怪訝けげんな表情で、頭のてっぺんから足のつま先までジロジロと見てきて、ぼくと植田は恐縮きょうしゅくした。


五十嵐さんの批難ひなんがましい視線にたえられない。


「たしかに好奇心はまさっているけど」ぼくは五十嵐さんの視線にこめられた批難を認めた。「だけど、この件だけは、五十嵐さんがぼくらに感じているような、軽々しい考えではないから。


……ただ、心配なんだ。登校拒否している生徒も、まだ復帰してないんでしょう?」


「なんだ……知ってたの」五十嵐さんが厳しい視線の呪縛じゅばくをといて、廊下に目をやった。「そうなの、まだ学校にこれてない。それどころか、転校するかもしれない。

お姉ちゃんと電話で話してるのを聞いちゃって……なんだか、いたたまれないよね、こーいうの。だからさ──」


「上林を潰す」最後を代弁して、ぼくが声をあげた。


 五十嵐さんにパッと明るい笑顔が戻った。


「そう! それ! でも考えてもみれば、あの場に男子が数人いてもいいかもね! なにかあった時、男子が女子をまもていがとれるもの。……あとでお姉ちゃんに訊いてみようかな」


「それってまさか」植田がヒソヒソ声をだした。「上林先生が暴走するかも──って、なった時に、オレらが止めにはいるって事?」


 五十嵐さんはあっけらかんと笑顔をむけてきた。


「その時はよろしくね、男子!」


 ぼくらは目を合わせた。

突然降りかかった覚悟と、責任重大な(押しつけられた)任務を理解し、受け入れるしかない現実。


うなずき合うしか道はないようだったから、ぼくらは口を真一文字にむすんで、無言のまま頷いた。──これで腹は決まった。


 五十嵐さんをまじえたぼくらは、職員室へ足早あしばやにむかった。


 職員室前は、すでに女子でごった返している。


ぼくと植田はさっきの高台階段を自分達の居場所として、陣取じんどった。


五十嵐さんが振り返って、ぼくらをしげしげと見る。それから、職員室とぼくらとを見比べて、コクリとうなずいた。


「確かにそこなら見晴にはらしがよさそうだね。なにかあったら、すぐに駆けつけてきてね!」


 学級委員長の言葉にはさからえない。


植田が冗談ぶって警察官の敬礼ポーズをするもんだから、ぼくもあわてて、植田のマネをして調子ポーズをあわせるハメになった。


 五十嵐さんが、代表女子──お姉さんの肩をポンポンと叩いたところで、紫穂の姿を見つけた。


紫穂は代表と、なにかお喋りしていたらしい。会話を中断して、五十嵐さんからの話しに耳をかたむけている。


そこで紫穂をふくむその三人の女子が一斉いっせいに、ぼくらに睨みを飛ばしてきた。


 ──やばい!


 ぼくはとっさに敬礼ポーズをさげた。

植田も素早すばやくさげたけど、もう遅い。


 ──紫穂の目にとまってしまった!


 ぼくがまた記憶を刺激をして、死にたいと思わせてしまったら……!


 だけどぼくの心配はどうやら取り越し苦労におわったらしい。


紫穂は、ぼくらをじっくり見ていた目を職員室のドアへ向けた。


〝今は待ちかまえている特大の獲物のほうが先よ──〟


肉食獣のライオンのような、まばたきひとつしない目つきを、ドアに飛ばしている。


「ああ~、心臓が止まるかと思ったあ」植田は、やっと呼吸を再開させたように、大きく息を吐いた。「告白したばっかりだったから、難癖なんくせつけられて怒られるかと思ったよお」


 ああ、そうだ、そうだったよな。


植田は昨日、バレンタインデーの日に、紫穂に告白したばっかりだったね。それで、昨日の今日でこの騒ぎ。今週はとんでもない日ばかりじゃいか。


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