~ end up ~ ⑨


 紫穂の提案に、代表も嬉々ききとして女子軍団を見渡した。


「うん、そうしよう! みんないい?」


 赤べこ軍団はどこまでも首をたてにふるらしい。みんなそろいも揃って大きくうなずき合う。


ここからが、集団行動の大移動の始まりだった。


皆がみな、可笑おかしそうにクスクス笑いあいながら階段をゾロゾロと降りてく。


集団の最後尾に、殿しんがりのように紫穂はくっついて行った。

しかも代表と小声でなにかを話しながら。


話し合いの始まりを思い返すと、こんな〝さも親密そう〟に二人並んで話しているのが、信じられないよ。


だけど二人のあいだには、見えない絆でむすばれたなにかを感じる。

……見えない絆の内容は、明白だ。


〝同じてきに目にものみせてやる〟っていう意気込みや目標。


それらを、こっちまで肌で感じて、ビリビリする。


「こうなったら、オレらも職員室前に行って、どうなるか見てみようよ!」植田も好奇心いっぱいだ。


この集団行動が、ほんとうに効力こうりょくがあるのか、確かめずにはいられないらしい。だよね、ぼくもおなじ。


このアイディアがうまくいったら、きっと学校に、学校らしい平和な日常が戻ってくるはず。


……猥褻わいせつ教師に〝いつさわられるんだろう〟などと、無駄におびえる日々はこなくなるんだ。


でもそれは紫穂達が卒業するまで。


 紫穂たちが卒業してしまったら、下でひかえている後輩低学年たちは、自力でなんとかしなければならない。


 ぼくが夏に市役所へ行って(やる気とだらしの無い)職員と話したあの感じだと、

保護者である被害者の親が行って、被害をうったえたところで、たらいまわしにされて終わりそうだけどな……気の毒に。


 登校拒否をしている生徒が復帰したなんていう噂は、まだ聞こえてこない。


だからつまり、心に受けた傷はいええるどころか、〝また触られる〟という、さらなる恐怖で疲弊ひへいしきっているのだろう。


ここまで考え、想像したとこで、反吐へどを吐きたくなる胸糞むなくその悪さに、いかりが燃えてきた。


 ぼくはブンブンと頭をふって、植田と階下の職員室へと向かった。


「うん、ぼくたちも行こう」


あの上林先生を、この二年間で、徹底的につぶしてやる。


…*…


 職員室の前は、すでに女子であふれかえっていた。

三年の紫穂の階の時と一緒。階段から先には、立ち入れそうもない。


でも今回、ぼくらは階段の上段にいる。

つまり高見の見物ができっるってわけだ。


ぼくはムリに女子達をかきわけて進むのはやめて、この〝高台〟に腰をおちつかせた。植田もぼくにならって階段に座った。


植田は、好奇心が先行せんこうして落ち着きなく、首をやたら伸ばして職員室のほうをのぞいたり、紫穂を見たりしている。


職員室のドアがいつ開くのか、楽しみだよな。そこもぼくは植田とおなじ。


この反旗はんきをあげた女子達の姿を、上林先生が直接目にしたときの反応が、どんなものになるのか、今から楽しみでしょうがない。


だんだん、うずうずしてきた。

早くこないかな、上林め。


 期待にちる胸をおさえ、職員室のドアを見続けていると、すらっと開いた。


みんなのお喋りがいったん、水をうったようにシンとなる。


ドアから顔というか、姿をあらわしたのは、女性の先生だった。


女子全員から、がっがりのため息が次々もれる。当然、女の先生は戸惑った。


「なに? どうしたの? こんなに集まっちゃって! 誰か呼び出されたりでもした?」


先生は誰に話しかけるでもなく、この集団全員の耳に訊いた。

誰かが親切に説明しだしてくれるのを期待しているようだけど、

集団は誰もがクスクスと笑うばかりで、質問に一人として応えそうもない。


その女子特有の空気を読んだ女の先生は、心あたりがあるのか、それともこの状況を心得こころえているのか──たぶん、両方かな。


ニッコリ笑って、女生徒じょせいとのすきまをうように歩き進んで行く。


「はい、先生が通りますよぉ~、通してくださぁ~い」おどけ口調でこの厄災をすり抜けていく。


この先生は〝女性としての先生〟もできそうだな……なんて事を考えた矢先、またしても職員室のドアが開いた。


──なぁ~んだ、今度は教頭先生だ。


女子からも、落胆らくたんする声がもれる。


「ああ~、ちがあ~う、教頭先生じゃないんだよぉ」


「どの先生に用があって、こんなに?」


教頭先生の的外まとはずれな質問に、女子は近場のそれぞれの顔を見合い、どっと笑いだした。ほぼみんながお腹をかかえて笑っている。


 なるほど教頭先生の目には、これが並んでいるように見えるのか。集まっているんじゃなくて。


 テレビでしか見てないけど、どこかの芸能人の出待ちだとか、人気料理店の行列なんかは、確かにこんなふうなのかもしれない。


ほんと、教頭先生は呑気のんきだなあ。


 楽しな集団の雰囲気を見てとった教頭先生は、その中に紫穂の姿を発見して……目元めもとをゆるませた。


「なんだかよくわからないけど、楽しそうでよかった。……でもそろそろ始業のチャイムが鳴るから、それぞれのクラスに戻らなきゃね。また昼休みに遊びなさい」


願ってもない教頭先生の申し出に、また笑いのうすが湧きあがる。


「じゃあ、また、昼休みに」笑いながら応えたのは紫穂だ。


笑声えごえころがしながら教頭先生へバイバイと、手をひらつかさせて、挨拶している。


 教頭先生はかなりご機嫌きげんらしい。紫穂の挨拶を笑顔で返す。


「今日は天気がいいんだから、外で遊んだほうがいいぞー」


いかにも子供むけのアドバイスだ。

だけど周りの女子からはまた笑い声があがる。


どこまでも少しズレた、しかも絶妙に〝こっち側〟の意見だから、なお面白い。


気づけば、ぼくも植田も笑っていた。


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