~ end up ~ ⑦


 業間休みをげる──正確には、授業の終わりを告げる──チャイムが鳴ると同時に、ぼくと植田は目を合わせ、


ついで、黒板の前にいる葛城先生を見やった。


 先生はチャイムの音にせかされ、国語の文言もんごんを白チョークでカツカツやってる。振り返ると誤魔化し笑いを顔にり付けた。


「ここまで、ちゃんとノートにっといてね! テストに出るかもしれないから!」


「きり~つ!」すかさず、今日の日直が授業終了の声をあげた。「れいっ!」


 こう、次にやることがひかえている時ほど、テストに興味関心がないヤツの存在は助かるよな。


「ありがとおーございました!」クラスの大合唱の号令ごうれいがおわるやいなや、とたんにクラス中がおしゃべりにザワつきだした。


 ぼくと植田はお互いに目配めくばせしあい、無言のまま教室を出る。


目指すは、本校舎の二階。

紫穂の三年生のクラスがある、問題児の階だ。


 植田のお姉さんが、どんなふうに紫穂を仲間に引き込むのか、そこも気になる。……植田のお姉さんを見るのも、これが初めてになるな。


どんな人なんだろう? やっぱり、姉弟きょうだいで顔が似ていたりするのかな? ぼくと兄さんはあまり似てないけど。


 余計なことを考えながら、はやる気持ちと、走りだしたい気持ちを抑えて、ぼくたちは足早あしばやに本校舎へ向かった。


 三年のクラスがある二階につくなり、そこはもう生徒たちでごったがえしていた。面子めんつは、おもに女子。


それも、全員が神経をピリつかせている女子の大群たいぐんだ。


ぼくたちは階段をがりきる前に足止めをくらった。


 このれの中にってはいれるほど、ぼくは度胸もなければ、図太ずぶとい神経も、持ち合わせていない。


それは植田もおなじらしい。

自分のお姉さんの計画をの当たりにして、尻込しりごみしている……というか、困惑こんわくしている。


「これ……姉ちゃんの学年だけじゃないよ」植田はうわずった声をしぼり出した。「ほら、あそこ、オレらとおなじ学年の子じゃない? クラスが違うから気づかなったけど……あれ、荻原おぎばらさんだよな?」


 そう訊かれても、ぼくは自分のクラスメイトでさえ、まだ名前と顔が一致いっちしてないっていうのに、

他のクラスの女子の名前をだされても、わからないよ。


 だからここは植田の知識にたよるしかない。


「五年生のほかに、ぼくらの学年の女子も来てるってこと?」


ぼくがまごつきながら質問した背後うしろから、殺気だった声が飛んできた。


「ちょっと男子! 邪魔だから引っ込んでてよ。これは、あたしたち女子の問題なんだから、とおしてっ!」


 〝通して〟と云って、ぼくはなかば突き飛ばされた。階段から足を踏みはずしそうになってグラついた体を、植田がかばってくれる。


 植田は、殺気にみちた女子の背中へ文句を飛ばした。「五十嵐いがらし! 大事な話し合いになるのはわかるけど、なにも突き飛ばすことないだろう!」


 注意された五十嵐さんは振り返ると、フンッと鼻を鳴らせて、

ぼくたちにかまっている場合じゃないとばかりに、女子の大軍たいぐんの中へとをねじこんでいく。


押し合いへし合いだ。


 ──と、ここでぼくは、おくればせながら気づいた。


「五十嵐さんって、ぼくたちとおなじクラスの……今日の日直の子だよね?」


さっき、すかさず号令をかけてた、あの子。


 テストに興味関心が無いわけじゃなかったんだ。

五十嵐さんの、あの気迫きはくからみるに、今日は、今日の業間休みだけは、どうしてもはずせない用事だったってわけだ。


「だな……。まさか、学級委員長やってる五十嵐まで参加するとは思わなかった。鳥海、大丈夫か?」


 え、さっきの五十嵐さんは、学級委員長だったの? ……はじめて知った。


 植田に支えてもらいながら、体勢たいせいを立てなおす。


「大丈夫、ありがとう、助かったよ……階段からころげ落ちるところだった。……にしても、これじゃあ遠巻とおまきすぎて、中心でなにが起きてるのか、まるでわからないね」


 植田は背伸びしながら、女子の大軍を見渡した。


「……姉ちゃんをさがすよ」云いながら、くまなく視線を流していた植田が、すぐに声をあげた。「あ! いた! ──姉ちゃん!」


 植田のあげた声に、先頭のほうにいる一人の女子が振り返った。「おさむ! あんたは引っ込んでてっ!」


 協力する気のない返答に、植田はすんと口をつぐんだ。

そして、ぼくと腕を組むと、まさかの、女子の軍団をぬいわけはいっていく。


ぐいぐいと、有無うむをいわさずに。


女子から批難ひなんの声を次々あびせられようが、そんなのおかまいなし。


「ちょっ……! いった! 押さないでよ!」

「あんた四年でしょうっ! なんで出しゃばってくんのっ!」

「男子は呼んでないはずでしょう! これ、どうなってんのよっ!」 



 ぼくは息を止めた。


…──良かったあー! 手術で心臓が元気になってて!


前のぼくなら、とっくのとうに苦痛でもがいて、うめきうずくまっているところだっ!


 ひととおりの罵声ばせいをあびきったところで、植田はお姉さんと肩を並べられる位置を陣取じんどった。


ここからなら、まばらに立つ女子のあいだから、紫穂のクラス前の廊下が、なんとか見える。──あ、紫穂だ! 紫穂を見つけた。


 紫穂は警戒心むきだしのけわしい表情で、腕を組み、

自分のクラスをまもるかのように、教室のドアをふさいでいる。


 紫穂と顔を突き合わせている、上級生女子代表とおもわれる人物が口火をきった。


「今までの小競こぜり合いは、いったん置いとくとして──まあべつに、水に流す気もさらさらないし、私は許す気もないから──


とはいえ、ここはお互い協力するところじゃない? あの、他に考えがあるなら話しは聞くけど。あんたも、で戦うには限界があるって、わかったでしょう?」



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