~ end up ~ ⑥


 授業中ずっと、植田から云われた事が頭から離れなかった。


紫穂が、他の人を好きになるかもしれない……かぁ。


頭から離れないけど、考えたところで、もうどうこうなる話しじゃないと気づくまで、三時間もかかってしまった。


ぼくはおもったらしいため息をついて、ひじつきをしてる手に、ダルイ頭をもたせのせた。


……そうなんだよ、ぼくがどう想おうと、どう感じようと、紫穂自身の気持ちは、ぼくがどうこうできるもんじゃない。

紫穂が決めるものなんだ。


 午前の授業の次にくる、楽しみなはずの給食は、砂を食べているように感じるし、喉の通りも悪い。


植田はいつもなら、給食中よくお喋りをしながら食べているのに、今日はその場に合わせて相槌をうつ程度だ。


無理して笑う作り笑いが、悲しげに見える。


 紫穂がぼくじゃない誰かを選んで好きになったら、ぼくはその事実を受け入れられるんだろうか?


たとえば、今、作り笑いを心がけている植田とか。……いや、やっぱり無理だな。


紫穂が植田と手を繋いで歩く姿を想像してしまったけど、正直いって、見ていられない。


ぼくをそっちのけで楽しんでいる姿は、とてもじゃないけど、見ていられないよ。


…*…


 次にぼくの頭を悩ませたのは、植田とぼくの〝友達としての関係〟。


この関係にひび割れが入り、亀裂する日が来てしまうなんて。


この亀裂を、どこまで最小限におさえ、どこまで修復可能なのかを模索しているうちに、


予期していなかったちゅうぶらりんの事態が突然、動きだした。


 バレンタインデーの次の日の朝、登校して教室に入るなり、ぼくは植田につかまった。


 植田は、ぼくが教室に入ってくるのを今か今かと待っていたらしく、ぼくの姿を見るなり、

はじけるような笑顔で──朝に昇る太陽の陽射ひざしのように、フレッシュで生き生きとしている──、足取り軽く近寄ってきた。


「今日の業間休み、三年のクラスがあるに行こう!」


嬉しそうに誘ってくる植田に、ぼくは困惑した。


昨日フラれて、あんなにも意気消沈していた植田が、昨日の今日には意気揚々。


いったい、なにがあったっていうんだ?

……まさか。……いや、そんな。まさかだろう?


まさか、紫穂との関係に、いい方向の進展があったなんて、云わないでくれよな? やめてくれよ?



「うちの姉ちゃんがさ、今日、八鳥にお願いしに行くんだって! ……鳥海、朝からえない顔してるけど、どうしたの?」


植田はぼくの顔をのぞきこんできたけど、瞳は陽気に満ちてキラキラと輝いている。


「え、いや、植田の思いすごしじゃない? ぼくはいつもどうりだよ」


にがく笑って話しの続きをつく。

紫穂にお願いって、なにをお願いするんだろう。「それより、植田のお姉さんのお願い事って?」


 昨日の今日で、植田がこんなに元気になるなんて、よっぽどの事なんだろうな。

失恋の傷心が消え去る──もしくは傷心を上回るほどの。


 植田は嬉しさいっぱいの笑みを顔に広げた。


「思いすごしならよかった! そうそう! 今日、うちの姉ちゃんがさ、八鳥とを組むって、はりきってるんだ! 友達同士で話しが進んで──」


ここで植田は、ぼくの後ろに、登校したクラスメイトが教室に入ろうとしているのに気づいたらしく、

ドアのところで話していると邪魔になるというのにも気がまわったらしい。


ぼくの腕を引いて、教室の窓のところへ移動した。


「そう、それでさ、五年の自分たちだけじゃ、

あの上林先生をどうにもできないから、なら、

八鳥を仲間に引き込んでしまえば『さわってくるのをどうにかめさせられるんじゃないか?』って話しになって、


今日の業間休みに、八鳥のクラスに行って、話しをつけるって云ってた!」



 ……全然理解が追いつかない。


植田が早口だったのもあるけど、え?

なに? 「仲間に引き込む? 紫穂を? 他の学年に?」


 ぼくのにぶい反応を見た植田は、笑い顔をヒクつかせて、云いかたを変えようと考えたようだ。ぼくでも理解できる云いかたに。


「もうじき卒業する六年はさておき──もう居ないも同然だし──今の五年、四年、三年生が、女子同士手を取り合って、仲良く助け合う! 卒業するまでの間だけでも! っていう話しらしいよ」


 自分たちの事しか考えていない無茶な言い分に、ぼくはやれやれため息をついた。


「話しをつけるって……そういう事か。でもそこに、紫穂の気持ちは入れてないよね?


紫穂をいいように使おうとする、その人たちの考えを、紫穂が見抜かないとでも? 気分を悪くした紫穂にことわられたら、話しはまたり出しだよ?」


 ぼくからの難色なんしょくな指摘も、植田は特段困ったふうではなっかた。フフンと笑みをうかべる。


「あの八鳥が、この持ちかけを断るわけがないだろう? 大勢の味方が増えたようなものなんだから。──ああ、これでオレの姉ちゃんも安心して卒業まですごせるよ~」


 身内みうちは心配だよな、それはわかる。


けど、矢面やおもてに立たされる紫穂の気持ちは? なにかあった時の責任で、真っ先に怒られるのは紫穂になってしまうんじゃないのか?


それで年上の連中は我関われかんせずをつらぬき通して、しらんぷりする。

そんな目に見えた持ちかけ話しに、紫穂は乗るべきじゃない。……かといって、他にあの上林先生をどうこうする手立てが無いのも現実。


どうしたらいいんだ……。


「そんなに心配しなくても、大丈夫だと思うよ?」深刻に悩み始めたぼくに、植田はあっけらかんとした面持おももちちで、ぼくの肩をポポンと叩いてきた。


「少なくとも、この件に関しては、校長先生も味方に入ってる。ほら、あの校長先生って、どうも八鳥贔屓びいきみたいだし。とりあえず業間休みに、オレたちも見に行ってみようよ!」


 確かに、校長先生は〝八鳥贔屓〟なのかもしれない。

自分の手駒に使おうとするくらいだし。


自殺騒動の時、紫穂をぼくから──心無い野次馬からも──遠ざけて守っていたし。


なにかあったら、それこそ校長先生が紫穂をかばってくれそうだ。


「そうだね」ぼくは納得して、にらんでいた床から顔をあげた。「業間休み、三年の階に行ってみよう!」


「決まりだな! うわ~、楽しみ~!」植田はスポーツ観戦にでも見に行くようなノリで、ルンルンだ。


本来の目的や、事情が事情なだけに、軽薄な態度はつつしんでほしいところだけど、きっと無理なんだろうな。


これが子供の〝悪気わるぎの無い無邪気むじゃきさ〟なんだろうから。


…*…


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る