~ end up ~ ⑤


 ぼくが世間とのギャップにうろたえている間にも、植田は涙ながらに、めいっぱいうったえてきた。


「でも、バレンタインデーだからといって、男のほうから告白したっていいじゃないか! たとえその場でフラれて、大恥おおはじかいたとしても!」


 ぼくは面食らった。「バレンタインデーに、男のほうから告白するなんて考え、ぼくには思いつかなった……植田って、オシャレさんだったんだね」いきというか、なんというか。


 ぼくのふやけたコメントで、植田はきょうをそがれたのか、気がまぎれたのかわからないけど、ほんのちょっぴり落ち着きを取り戻したようだった。


毒の抜けた感じで、ため息をついた。


「でも、フラれたけどな……」ぼやくと、ズボンのポケットに手をつっこんで、うつむいた。「だけど、鳥海に相談もなにもしないで告白したのは……オレは悪いと思ってないから」


 釘をさすように云われた。しかも今のは、あきらかに敵意というか……ライバル意識(?)みたいなものがむき出しだ。


「鳥海はじれったくモタモタしているし……八鳥はどんどん可愛くなっていくし、誰かに先を越されたらイヤじゃないか──お前は、焦らないのかよ? 八鳥が他の誰かを好きになったらって」


 痛いところを突かれたような気がして、ぼくは思わず閉口した。


 考えてもみなかった。……紫穂が、他の誰かを好きになるなんて。

……ああ、いや、でも、あの成瀬くんとはお似合いだと思ったよ。悔しいけど、そう思った。


だけど、なぜだろう。紫穂が成瀬くんを好きになるとは思えなかった。


 でも、そうか……。植田に云われて気づいた。


 紫穂は記憶からぼくを抹消したんだ。

それなら、これから先、紫穂は他の誰かを好きになるのかもしれない──。


 そう思ったら、ぼくの気分は簡単に沈んだ。


 ──紫穂が、ぼくじゃない他の誰かを好きになる?


 その人の事ばかりを考えて、その人ばかりを目で追って、心をときめかせて、瞳を輝かせるのか? ぼくじゃない、他の誰かに──。


 だとしたら、ぼくの気持ちや、ぼくの存在はいったいどうなるんだ? ……未来での、自分の行き場の無さに、途方に暮れそうだ。


なのに植田は今、ぼくから返ってくる意見を待っていて、ジリジリと突き刺さる視線で、ぼくの目を見つめている。……なにか、まともな意見を云わなきゃな。


「……そうなったら、しょうがないよね」弱々しい、か細い声しか出なかった。


自分の耳にも、心許なく聞こえる。……だけど、そうさ。そうなったら、しょうがないんだよ。


「紫穂が誰を好きになろうと、それは紫穂の自由だし……それに、紫穂が好きになる人は、それこそ〝まとも〟で、それなりの人だと思うから……」


 ──だから、あきらめろって? いやあ~……、無理かな。


「あいつって、人を見抜いているもんな」植田が、ぼやくように口添えてきた。


植田も悔しそうに奥歯を噛みしめちゃってるけどさ、もうここまでくると、ぼくの悩みなのか、植田の悩みなのか、よくわからなくなってきたな。


「だとしても、バツゲームに思われるなんて、あんまりだよ。真剣に向き合ったオレに失礼じゃないか。……それに八鳥って、ちょっとカングリすぎなところがあるよな?」


 植田に同意を求められて、ぼくも〝確かに〟と思ってうなずいた。


「きっと、傷つきたくないんだよ。紫穂はたぶん、あの告白の時、瞬時にあらゆる可能性を考え出したはずなんだ。そのうえで、自分も、植田も傷つかないですむ応えを出した」


「オレは傷ついたけどな」


植田が噛みつくように主張してきて、ぼくは知らず知らずのうちに紫穂の肩をもっているのに気づいた。


 植田はポケットにつっこんでいた手をひっこぬくと、目頭をおさえて上を向いた。


「オレは、フラれたせいで笑いものになっても、良かったんだ。だけど、罰ゲームでウソの告白をするようなヤツに思われるなんて……そんな人間に思われるほうが、よっぽどイヤだよ!」


 そっか、そうだよな……心外ってやつか。


「でも……」ぼくはうつむき加減で植田を見つめた。「きっとこれから先、植田の気持ちも、紫穂の気持ちも、まわりから根掘り葉掘り聞かれずにすむんだろうな、罰ゲームって事で、この話しを終わらせてしまえばさ。紫穂はまわりからとやかく云われるのに慣れてそうだけど、植田はさ……」


ここまで云って、いったん話しをくぎった。

朝の朝礼のチャイムがうるさすぎて。


 植田は通路の手すりに寄りかかると、いやいやと頭をふって顔をあげた。


「教室に行こうか?」チャイムの音のせいで植田の声がか細く聞こえたけど、ぼくの耳にはちゃんと届いた。


「うん、行こう、教室へ」クラスメイトの好奇心に満ちたりている教室へ。


 ぼくと植田は、億劫さと憂鬱さがおもてに出て、やたらノロノロと教室へ向かった。


うしろから、職員室から来た葛城先生に追いつかれてしまうほどに。


「おはよう!」先生はやたらご機嫌に朝の挨拶をなげてくれた。「早くしないと遅刻あつかいにしちゃうよ! ほら! いそいでいそいで!」


 ニコニコと走る素振りをする先生を、ぼくらはめた目で見て、それから渋々、早歩きで教室へ向かった。


…*…


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