~ end up ~ ③


 植田は耳まで赤くして、真っすぐな視線で続けた。


「ほかに好きな人がいないなら、オレと──つき合ってほしい!」


 告白の最後、ダメ押しまで聞いたところで、ぼくの息がとまった。


 つき合うって……なんだよ、それ。


 いくらなんでも、それはちょっと行き過ぎなんじゃないか、植田。


 それに、もし──万が一にでも──紫穂がOKしちゃったら、どうなるんだよ? え? 二人は、つき合っちゃうの? 小四と小三で? ……早すぎるだろう!


 ──え、もし、紫穂が植田とつき合ったら、そしたら、二人は手を繋いだり、一緒に楽しく笑ってお喋りしたりするの? ぼくをそっちのけで? ……はあ?


 そこまで想像したところで、吐き気がこみあげてきた。


 ──なんだよ、それ。

 二人は、ぼくの存在と気持ちを、どこまで無視するつもりなんだよ……!


 ぼくは紫穂を睨みつけた。

どの顔で、どういう決断をするのか、この目で見届けてやる。


 紫穂は、植田の本気の申し出に、まごついていた。

まわりの目も気にして、視線があっちにいったりこっちにいったりしている。


 だけどあまりをおかずして、紫穂は軽く笑った。苦笑くしょうに近い笑いかただった。


「え……と、どこのだれだかわからないけど、朝から元気だね」


紫穂は、植田が自分の名前を名のらなかった事を、やんわり指摘した。

そこでぼくは思わず小首をひねった。


 紫穂は、植田の存在も忘れてしまっているのか……? 植田も、自殺を止めた場にいたのに?


 植田も口をパクつかせて、〝そうだ、名前を云おう〟と息を吸い込んだところで、紫穂のほうが先に声をあげた。


「なにかのバツゲームなんでしょう? 朝から可哀想に」


紫穂は同情の眼差しで苦笑にがわらいながら、植田の肩を叩いた。


「あなたも大変ね。恋愛の〝れの字〟も知らない、おままごとだか、ごっこ遊びの段階なのに」


 去りぎわに云った、ねぎらいの言葉を聞いて、ぼくは不本意にも、ちょっと待てよと思った。植田は、本気なんだぞ。それがわからないのか?


 植田は慌てて振り返って、去って行こうとする紫穂の腕をつかもうと、手を伸ばした。けど紫穂は、相手がそういう行動に出るのを百も承知なようで、ノールックでつかまれそうな腕をサッと引いてかわす。


……さすがだよな、紫穂は。こんな時でもぬかりない。


 植田のほうは、野次馬の眼なんて気にしている場合じゃないようで──そもそも植田は、まわりの眼なんて気にしてないのかもな。


だから、人前で告白なんてできるんだ──あきらめずに紫穂を追いかけ、ゆく手をはばむようにまわり込んだ。


「オレは植田 おさむだけど……バツゲームってなんだよ! なんだよ、その云いがかり! オレは本気で好きだって云ってるのに!」


「……はいはい」紫穂は苦笑のまま、またしても植田の肩を叩いた。「あのねぇ、まだわからないの? バツゲームは失敗したの。


でもあなたはバツゲームの使命をちゃんとまっとうしたんだから、仲間内からやんややんや云われる筋合いもない、そうでしょう? だから、こんなおかしな戯言ざれごとにわたしを巻込むのは──やめてっ」


最後は、平手打ちをピシャリとくらわすように、鋭く、とがった云いかたをした。


云いかたに合わせて、紫穂の目つきも鋭くなっている。


 植田は見るからにショックを受けて、力無く肩を落とした。


蒼褪め、意気消沈している表情を見れば、その口から次の言葉が出る見込みは、もう無いだろう。


 紫穂は、植田のその表情を見て、気の毒そうにまた苦笑した。


「よりにもよって、に〝好き〟って云えた、その勇気は褒めてあげる」


捨て台詞ぜりふだか、バカにしくさっているのかは知らないけど、紫穂は余計な一言を置き土産に、本校舎の昇降口へ歩いて行った。


恋心を打ちすえられて愕然とする植田だけを、野次馬の輪の中心に残して。


 立ちつくしている植田へ、好奇心のかたまりのクラスメイトが駆け寄っていく。

やめておけばいいものを、こぞって面白可笑おもしろおかしくからかいだした。


「なあ、ほんとはどっちだったんだよ?」男子がニヤニヤしながら、植田の腕を小突こづく。


 女子のほうもニヤつきながら──顔に〝興味津々です〟って書いてある──口をはさんだ。


「もしかして、まさか本当に本気だったの? それとも、なにかのバツゲーム? もしバツゲームなら、なんのバツゲームだったの?」


 植田は茫然自失ながらも、クラスメイトをすがめ見て……うっわ! 植田と目が合っちゃったよ。まいったな、なんて声をかけりゃあいいんだ?


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