~ end up ~ ②


 だけど、父さんや……とくに母さんが、あっさりOKを出してくれるなんて思えない。


でも、それならそれで、ぼくも兄さんと同じように直談判するまでだ。……泣き落とし作戦は、さすがにカッコ悪いからやらないけど。


「ぼくは──」


ぼくは正座をして、正座の上に置いた両のにぎりこぶしを睨みつけた。


どうせ、少年サッカーはダメだと云われるに違いない。


けど、だからといって、自分の気持ちをなにも伝えずにいるのは、どうなんだろう? 


だったら、云うだけ云ってみたほうが、いいんじゃないか?


(葛城先生だって、通信簿で云っていたじゃないか。〝涼くんは、自分の意見を云えるようになったほうがいい〟って。だから、頑張れ、ぼく……!)


「ぼくは」


うつむかせていた顔をあげて、父さんの眼と視線をしっかり合わせた。


父さんは今のところ、優しく微笑ほほえんで、息子の〝おねだり〟を受け入れようと待っている。


「ぼくの欲しいのは、物じゃないんだ。その……あの……少年サッカークラブに入団したいなって……! そう、思ってるんだけど……いいかな?」


 云った! ハッキリ・ハキハキ云えやしなかったけど、それでも、ちゃんと伝えられた!


 父さんの眼が、驚きでみるみる大きくなっていく。……やっぱりダメなのかな。ぼくが少年サッカークラブに入団するなんて。


「……サッカークラブか」


父さんは寝耳に水をくらったように、大きく見開いた眼を何度かまばたきさせて、

ついで心の整理をするようにYシャツのボタンをはずしに取りかかった。


あきらかに動揺している。


これはチャンスなんじゃないのか? 動揺するからには、そこに──たとえわずかでも──つけいるスキ……もとい、チャンスがあるのかもしれない。


 ぼくはたたみかける気で、父さんに催促さいそくをつづけた。


「母さんは絶対に反対すると思うから、父さんからも、なにか……こう、うまいこと云ってよ」


……つい夢中になって、云ってから気づいたけど、ぼくが云ったことって、おねだりの催促をとおり越した〝誘導〟になってしまってないか?


ぼくはなにも、父さんをたぶらかそうってわけじゃないのに。……ただ、味方になってほしいだけなのに。


 心配性でヒステリック持ちの母さんを説得──穏便になだめすかすには、味方が必要だと、頭の片隅で思ってはいたけど……今の云いかたはマズかったかもしれない。


 ぼくは、あきらめ半分と期待半分、少々の後悔をいだきながら、父さんの反応をなにひとつ見逃さないよう、ジッと見つめた。


 父さんがシャツのボタンをすべてはずしきったところで、苦笑くしょうを浮かべた。……これが、父さんがぼくの味方になってくれた、瞬間だった。


…*…


 家族会議が開かれて──本当に、なんでいちいち家族会議を開かなくちゃならないんだよ。ほんと、もう勘弁してくれ──議論のすえ、ぼくのサッカークラブ入団は認められた。


 ただし、条件はある。


 条件といっても、とるにたらないものだけどね。


 条件は、ぼくが五年生になる四月から。


 年会費とか、大人のいろんな都合があるらしいけど、ともかく、

入団するお許しがもらえて、嬉しいな──年相応としそうおうの子供らしく、飛んで跳ねてはしゃぎたくなるほど!


 進級する楽しみが増えたし、今からワクワクして……待ちきれない!


(とはいえ、進級した時、どの先生が担任になるのだろう? あの猥褻わいせつ教師だったらイヤだなっていう、先の思いやられる学校生活の憂鬱ゆううつさには、なんら変化はないんだけどね。悲しいことに)


 サッカークラブに入れば、体力づくりとか、団結力だとか──全部ぼくにないものばかりだ──、そういうのがつちかわれるはずだと、ぼくは期待している。


サッカークラブでの経験は、きっとこれからの自分自身のためになるはずだと、信じたい。


…*…


 冬休み明けの三学期。


紫穂は生徒会の引継ぎとかで、放課後になるたび、あくせく忙しそうにしていた。


──ケンカばかりしていて、粗暴そぼうなイメージが強い紫穂が、筆記用具とノートを胸にかかえて、校内を颯爽と歩いている。


 紫穂の溌溂はつらつと歩く姿は新鮮で、校内では、どこへ行っても注目のまとだ。


そりゃ、そうだ。


 みんなから注目を集めているのは、なにも紫穂が〝らしくない〟振舞いをしているだけじゃなさそうだった。


三学期に入ってからの紫穂の表情は晴れやかで、活気に満ちあふれている。


お日様の陽射ひざしのように燦々さんさんとする笑顔は、すれ違う子たちをとりこにしていた。


 そんな紫穂を遠巻きに見ているぼくも、例外なく虜になったわけだけど──まあ、ぼくはもともと、紫穂に夢中になっているフシがあるけど──予想外というか、当然というか……ぼくといつも行動をともにする植田も、紫穂にすっかり熱をあげているように見えた。


これはぼくの勘違いなんかじゃない。


植田は、全校集会だとか、ことあるたびに紫穂を目で追っている。


しかも、顔にはっきり出ている〝ときめき〟を隠そうともしないから、あけすけすぎて……見ているこっちが気恥きはずかしくなる。


 心中穏やかとは云いきれないぼくは、植田とかわらず友達をやっているけど、なにがありがたいって、植田が、ぼくに恋の相談をひとつもしてこないって事かな。


そこだけは救いに感じた。


 だけど、事件は起きた。

……いや、正確には、植田とぼくの事件なだけであって、とくに大事だいじにいたる出来事じゃない。



 1991年──二月十四日 木曜日のバレンタインの日。


 この日の朝に事件は起きた。


 植田が勇気をふりしぼって──少なくとも、ぼくにはそう見えた──紫穂に告白をした。それも、大声で。


 植田は、朝早くに登校していたかと思えば、待ちぶせをしていたらしく、遅れてやって来た紫穂が正門をぬけるやいなや、呼び止めて、みんなが見ている前で告白をした。


「オレ、前から八鳥が好きだったんだ!」


植田は大声で云いきったあと、奥歯を食いしばっているのか、顔を真っ赤にさせて、おろしている両手はげんこつを握りしめている。


……ぼくは思った。

決死の覚悟でいどんだ植田は、玉砕ぎょくさいも覚悟なんだなって。


 紫穂のほうといえば、ぽか~んと口をあけて、驚いているように見えるけど、眼だけは、しっかりと植田を凝視ぎょうししている。


紫穂は、植田の真意をさぐっているんだろうけど、その眼はまるで、値踏ねぶみでもしているようだった。


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