第十六章 ~ end up ~

~ end up ~ ①


 12月 4日(火曜日)


 紫穂が、生徒会・書記に当選した。


 はっきり云って、ぼくからしてみれば、この選挙は〝できレース〟だった。

紫穂の当選は、誰がどう見ても確実だったから。


 紫穂が生徒会に当選してくれて、すごくよろこばしいと思うよ……だけど……なんだろう、この感覚は。


 紫穂の当選はとても嬉しいのに、それなのに、そのいっぽうでぼくは……えもいわれぬ淋しさと焦燥感に飲み込まれてしまいそうになっている。


──理由はわかってる。(もちろん、ぼくは紫穂を応援している。そこは第一だ。だけどなぜかな……)紫穂が、どんどん手の届かない存在になっていくようで、怖いんだ。


 きみは、生き方というか……人生そのものを、猛スピードで駆け抜けて行くから、だれも──もとより、ぼくの事さえも、そっちのけにしているし──着いていけそうにないような、そんな気がしてならない。


……少なくとも、今のぼくはをくらっている。悲しい事にね。それを強く感じるんだ。


 けど、まあ、ぼくの傷心しょうしんなんて、紫穂にとっては、とるにたらない、どうでもいい事なんだよな。


それよりも紫穂は、今の自分のほうが一大事いちだいじだろう?


 紫穂が生徒会・書記に当選してからこっち、周りの女子たちときたら、嬉々ききとして紫穂をはやし立ててかついでいるし。


 あのお祭り騒ぎの浮かれようを見ていると、紫穂が選んだ道のりは、これで良かったのだろう。


ぼくも心から祝福の拍手を贈りたい。

……だけど、おいてけぼりを味わっている今のぼくには、無理だ。


 ぼくは、お祭り騒ぎの雰囲気をだいなしにしないように、紫穂を中心とする人だかりのわきを、ひっそりと通りすぎた。


…*…


 冬の寒さで肌がピリつきはじめたころ、ぼくらは冬休みにはいった。


 去年、北海道の厳しい冬を体験しているせいか、ぼくの体は寒さに鈍感どんかんになっているようだけれど、それでも確実に、静岡にも冬の気配はしのびよっている。


 冬の乾燥する空の上空で、風が寒々さむざむしくうなり声をあげては、ぼくたちのいるこの地上に冷たい木枯こがらしを吹きつけてくるし、


葉を落として丸裸になっている木々は寒そうに身をちぢめているようにも見える。


 兄さんは冬休みにはいったら、いよいよ目前もくぜんにせまりくる中学生になるべく、身の振り方をわきまえるのかと思いきや、


なにをトチくるったのか、今年のクリスマスプレゼントを父さんにせがみだした。(兄さんのかりの無さに、ある意味では感心する)


 ぼくは、兄さんが中学生になる準備をするのを、すごく楽しみにしていたんだ。


 兄さんの身に起こる事は、ぼくのそう遠くない未来と直結していて、いずれ自分の身に起こるできごとだから、参考になるかな? って思って。


 それに、兄さんの制服姿も早く見たかった。

(きっと、新鮮な感覚になると思うんだよなぁ)


 だからさ、ウキウキしているのがぼくだけだとわかった時は……ガッカリしたな。


せっかく楽しみにしていたのに。(ぼくも早く中学生になりたいし)


 兄さんは、仕事から帰ってきたばかりの父さんをつかまえて──背広せびろにしがみついてまで(これで父さんの背広はシワクチャだ。アイロンがけをする母さんの仕事が増えるぞ)──犬がシッポをふってキャンキャン吠えるように、飛び跳ねながらおねだりしている。


「クリスマスプレゼントは、ぜったいにゲームボーイを買ってよ! 本当は誕生日プレゼントの時に欲しかったのに……父さんがダメって云うから、だから我慢していたんだからね! ──おかげで、すっかりブームにのり遅れちゃったよ!」


 お疲れ様の父さんはネクタイをゆるめながら、やれやれため息をついた。


「……ゲームボーイを先延ばしにしたのは、お前の一学期の成績が悪かったからだろう?」


 父さんからとがめられ、兄さんは顔を曇らせた。

すかさず父さんの表情もかんばしくなくなって〝尋問じんもん〟がはじまった。


「二学期の通信簿は?」

「はぁーあっ」


兄さんが嫌気たっぷりにため息をついて、父さんの背広から手を離した。

それから渋々といった具合に、ゴニョゴニョと言い訳がましく白状しだした。


「一学期よりかは、良くなってる……多少。……それなりに」


 兄さんの悔しまぎれのつけたしに、父さんはなんだか面白そうに口角をあげた。


「どれ、見せてみろ」


 そこから先は、兄さんと父さんの交渉こうしょう合戦──駆け引きのし合い──に入った。


最終的に、父さんは、兄さんの泣き落としによる直談判じかだんぱんに敗北した。やれやれ疲れた、というようすで、ネクタイをシャツの襟元えりもとから抜き去って、タンスにしまった。


そこで父さんの視界のすみに、ぼくが入ったらしい。

思い出したように「あ……!」と目を大きくした。


「涼」父さんの申し訳なさそうな表情と、どこか楽しげな声色で呼ばれて、すぐにピンときた。次は、ぼくの番なんだって。


「涼は、クリスマスプレゼントなにがいいんだ?」


 ほらね、やっぱり。


 ぼくは父さんに向けて、ニッコリ笑顔を見せた。

だけどこの笑顔がゆっくり消え失せていくのが、自分でもわかった。


だって、ぼくの欲しいクリスマスプレゼントは、叶えてもらえそうにないから。


……ぼくの欲しいクリスマスプレゼントは、プレゼントというよりも、どちらかといえば願いに近い。


 今までなら、心臓が弱くて──今にも死にそうだったし──願ったところでむくわれないのは、自分でも重々承知していた。──だけど、今は違う。


 手術をして、元気になった。


 みんなと同じように、学校だってかよっている。


 夏のキャンプの時なんか、渓流けいりゅう遊びで泳げたりもしたんだ。


 だから、きっと、今のぼくになら、自分のしたい事ができるはずなんだ。……父さんと母さんがOKさえしてくれれば。


 ……ぼくの願いは、少年サッカークラブに入団させてもらう事だ。


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