ROUTE(2)⑥


 まあ、そんなわけで、紫穂に向けられたねたみの汚名は、すぐに消え失せていった。


みんな、あの自由研究は、紫穂が自力で成し遂げた研究の成果だと、悔しながらも、認めざるをえなかったらしい。


 それから数週間後、紫穂の自由研究は金賞の中でも〝特選〟に選ばれた。


 紫穂自身は、特選っていう名誉に、なんの興味もないようで、ここ最近いつも、考え事や物思いにふけっている。


校庭のすみにある遊具のブランコに腰かけて、ブランコを揺らしてはいるけど、いではいない。


なにかを考えこんで、空や木々をジッと見つめているフリをして、どこかまったくの別空間を見つめている感じだ。


 ──紫穂が今、なにを考えているのか。

その答えは、運動会がおわったあとに、明らかになった。


 運動会がおわった秋のなかば。

校庭の銀杏の木の葉っぱが色づく頃、紫穂が、来年度の生徒会に向けて、立候補をした。


 まったくの寝耳に水だけど、ぼくは紫穂の姿勢に、感極まった。


紫穂が、自分の力で、生きる道を模索しはじめているんだ! 破滅とは違う道のりを選ぼうとしている!


 それが、なにより嬉しい。


 生き甲斐も、生きる目標も必要だけど、そうだよ、紫穂。


 紫穂、きみは、革新のために猛進しなくちゃならない。頑張れ、紫穂!


…*…


 四年生になると、生徒会に入れる。

だけど、いわずもがな、当選しないと生徒会には入れない。


 それに、生徒会に入れたとしても、四年生は末端まったんの役割、書記しかできない。


 それでも紫穂は生徒会に立候補した。


 おそらく、まず手始めに……といった心構えでいるんだろう。


 紫穂の事だ。小学生のうちから、政治家のまねごとをやっておいて、心得だとか、壁にぶつかった時にどう立ちまわって解決への糸口を見つけたらいいのか? とか、そんなのの練習をしておきたいんだろう。


 紫穂は、立候補者全員に渡された〝たすき〟に、自分の名前を書かないで、油性マジックでスローガンを書きこんでいた。


 スローガンに書かれた文字は短くて、≪生徒に尊重を≫。この六文字だけ。


 まあ、本来なら、その〝たすき〟に自分の名前を書かなきゃならないし、この〝たすき〟のスペースも限られている。


 〝たすき〟には、短い言葉を書き込むだけで精一杯だったのだろう。


 だけど、なぜかなあ。この短い言葉に、色々と沢山な意味が込められているように感じるのは。


 立候補者は、他の全校生徒よりも早めに登校するらしい。


 だから、朝、ぼくらが学校に登校すると、立候補者がお出迎えしてくれる。


 立候補者は〝各々おのおのじん〟で、朝から正門の前にズラリと並んで、わめくように〝自分のこころざし〟を叫んでいる。


どういう理由をもってして、生徒会に立候補して、

当選したらどんなふうにしたいのかを、声を大にして叫んでいる。


 紫穂といえば、その大声を出して自己アピールしている他の立候補者を、めた眼差しで見つめているだけだった。


それで、登校してきた生徒から「おはよう!」と声をかけられると「おはよう!」と、笑顔と手を振りまいてお愛想あいそ良くしている。それだけだった。


 だからなのか、いつも、紫穂の周りには人だかりができあがっていた。


 みんな、紫穂がどんな理由で生徒会に立候補したのか、だいたいの予想はついているけど、本人の口から直接聞きたいんだろうな。


 女子の群れが、紫穂を取り囲んで、ちやほやとまつり上げている。


「四年生で書記になったら、その次は副会長で、六年生になったら、会長をねらっているんでしょう?」こんな声が聞こえてきた。


 紫穂の応えは、決まっている。


「もちろん、そのつもり! みんな、見ててよ……わたし、やってやるんだから! 学校を、内側から変えてやる! 生徒みんなの意志を代表して、わたしがみんなの意見を学校に叩きつけてやるの! 先生たちがづらかくところは、さぞ見ものでしょうね!」


ほらな、やっぱりだ。


 女子の群れから、クスクスと嬉しそうな笑い声がもれ始めた。


 紫穂がこのスローガンを思いついた背景に、女子のみなさんは心あたりがあるようで、微笑ほほえましく紫穂を見守るようにながめている生徒が多い。


 これなら、女生徒からの支持率はそうなめで、当選確実なんだろうな……。


 声がかすれるまで叫んでいた他の立候補者が、くやしそうに紫穂を睨みつけている。


 わざわざ大声で自己アピールをしなくても、この人だかりだもんな。

そりゃ、やきもちも焼きたくなるけど、これが紫穂の戦略やりかたなんだよ。


 街宣車をきらう、紫穂の新しい戦略。


 それに紫穂は、今さら自分の名前を売り込まなくても、全校生徒が紫穂の顔と名前を知っているもんな。


だから〝たすき〟に自分の名前を書かないで、必要な、簡単で明確な〝ゴール〟だけを書いたんだ。


 それと、紫穂はビラをまいたりもしていなかった。


 他の立候補者は、今までのしきたりにならって、自分の理念だか野望だかをしたためた紙に、自分のクラスと名前まで書きこんで、その紙を多量にコピーして、ビラとして生徒一人一人に──なかば押し付けるように──渡している。


 紫穂はそれもしない。


……ビラを作るのが面倒くさいのも、あるのかもしれないけど、これがいかに無駄であるのかを、紫穂はお見通ししているんだろうな。


だって、ビラをもらった一年生は、不思議そうにその紙をかざし見て、次にはニコニコ笑顔で紙飛行機を作り始めている。


校庭のいたるところに、落ち葉にまみれた紙飛行機の落下物がたまっている。

……ほんと、こうなると、ビラなんてただのゴミだもんな。


 ビラを使わないのは、予算の大幅削減もいいところだ。


紙の無駄使いをなくせば、森林伐採の問題にも、一役買う事になるし……ほんと、紫穂は革新的だよな。


 ≪生徒に尊重を≫ ほんと、これにつきるよ。


…*…


 あとで知った話しなんだけど、この生徒会の選挙戦に、紫穂のお姉さんも立候補するつもりだったらしい。


 紫穂のお姉さんは来年六年生だから、おそらく、生徒会長になりたかったんだろう。


 だけど、よりにもよって、云う事をきない妹が書記として立候補してしまった。


 いくら末端の書記とはいえ、実の姉である生徒会長がおかしな発言でもしたら、妹の紫穂はだまっちゃいないんだろうなあ……だから、お姉さんは推薦すいせんがあがったのに、立候補そのものを辞退した。


ある意味で、お姉さんも可哀想だけど、辞退したのは得策だと、ぼくは思うよ。


 だって、会議中、なにかあったら黙っちゃいない紫穂が、目を光らせていれば悪さはできないし、ヘタな事も云えない。


だからさ、紫穂はまだ会長になれなくても、実質、陰で生徒会を操っているのは、まぎれもなく紫穂になるんだよ。……こりゃ、楽しくなってきたな。


 紫穂が生徒会の一員になれたら……いや、紫穂は必ず当選する。


そうなれば、上林先生はますます肩身がせまく、身動きもとれなくなるぞ。

(ざまみろだ)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る