ROUTE(2)④


 ──クッソ! なんだよ! せかく炎天下の中、おんぼろ自転車を走らせて来たのに、このザマなんて!


大人ってヤツは、どいつもこいつも、役立たずばかりじゃないか!


 こんな調子だから、あんな上林先生みたいなのが、のうのうとのさばっていられるんだ!


 市役所の出入口の、自動ドアが開いて、ぼくは灼熱しゃくねつの世界に飛び出た。


まるでぼくのはらわたが煮えくりかえっているような世界。


 ……こんな世界を創ったのは、だれだ? 今の大人か? それとも、世の中の流れが創ったのか? ──まあいい。


どちらにせよ、これからの世界を、時代を創っていくのは、ぼくら子供だ。

今に見てろよ。

世の中を、一新してやる! ぼくらの世代で!


 生きやすい環境を造るんだ! そして、なにもしてくれない今の大人世代には、なにかしてやるもんか! なんにもしてやりたくない! わびしくてひもじい思いをしながら老いさらばえて、みじめにこの世を去っていけばいいんだ!


…*…


 蒸し暑い中、家に帰るまでのあいだで、ぼくの頭が少し冷静になった。


夏の日差しは、あいかわらず暑いけど、ぼくの心は辛気しんきくささでいっぱいだ。


 ……紫穂を助けるつもりだったのに、結局、どうにもならなかったじゃないか。

……いったい、どうしたらいいんだ?


(チクショウ!)どうしたら、きみを救う事ができる?


…*…


 夏休みは、わりとすぐに……あっけなく終わってしまった。


 楽しい時間はあっというまにすぎてしまうけど、夏休みも例外じゃなかった。

 今日から学校だ。


 ぼくは朝の登校班で、だれしもが学校へ行くのを億劫おっくうに感じているのかと思っていたけど、そうでもなかった。


 夏休みに、やれどこへ行っただとか、やれなにをしただとか、そんな思い出話しに花を咲かせている。


(──ちなみに、ぼくの家族はカブトムシとオオクワガタを捕まえに、埼玉県秩父市の渓谷けいこくへキャンプをしに行った。


家族だけだったから、ぼくは兄さんと一緒になって、渓流けいりゅうに飛び込んだり泳いだりして……すごくスリリングで、楽しかったなあ。


ぼくはこの時はじめて、兄弟って悪くないかも……なんて思ったりした。


 ……兄さんとき火の消しかたでケンカもしたけどさ。


兄さんは後先考えずに、川の水で焚き火を消しちゃったんだ。

これじゃあ今まで焚き火をしていた場所が湿気しけちゃって、これまでの苦労がオジャンだ。


だからまた違う場所で、一から焚き火をやり直さなきゃならない。──もう、兄さんは! ボーイスカウトに入団したほうがいいんじゃないか?)


 学校につくと、朝の全校集会があって、すごく退屈に感じた。


あの校長先生の話しは、どうも興味がわかなくて、眠くなっちゃったよ。

気を抜くと、コックリ、コックリと船を漕いでしまう。


ぼくを見かねた植田が、ハラハラした雰囲気で小突こづいてきて、しかたなしに重いまぶたを開ける。これの繰り返し。


 全校集会のあと、クラスに戻って、夏休みの宿題の提出をし、クラスメイトのそれぞれがどんな夏休みをすごしたのかを発表する。


それから、先生が二学期に向けての挨拶をしたところで、初日はしめくくられた。


 ぼくの担任の葛城かつらぎ先生は、二学期の運動会に向けて、がぜんやる気満々といったところだった。


 ぼくは下校の帰りしな、気になってしかたない事を葛城先生に訊いてみた。


「みんなの自由研究は、いつごろ貼り出されるんですか?」


「ああ、自由研究はね、そうだな~」


葛城先生は困った感じ……というか、ちょっぴり面倒くさそうに教室を見渡して、頭をいた。


「明日の放課後、クラスの廊下の壁に、みんなのを貼りだすよ」


 ぼくは顔をしかめて、先生の話しと植田の話しを照らし合わせた。

いまだに学校の仕組みとか、流れが、いまいちわからないんだ。


 植田は金賞って云っていた。

先生は、自由研究をまず先に廊下の壁に張り出すと云う。


という事は、廊下の壁に張り出したあと、審査をして、金賞になる作品を選抜するってわけか。


だけど、なんだろう、葛城先生のこの曖昧な感じの反応は。


「自由研究を廊下の壁に張り出すのは、全クラス同じ日じゃないですか?」


ぼくの素朴な疑問に、葛城先生は苦笑くしょうした。


「まあ、だいたいは同じ日になるかな。ほら、先生によっては、他の行事の準備をしなきゃならないし……でも、夏休み明けから一週間以内までに張り出す決まりだから、そんな先にはならないよ」


 気づけば、ぼくは唇を突きだして頷いていた。


なんだよ、ちぇ。早く紫穂の自由研究が見たいのに。


「鳥海くんは、だれかの……見たい自由研究があるの? だれのを見たいの?」


質問の後半は、面白そうに訊かれて、ぼくは真っ赤になりそうな顔を慌てて先生からそむけた。


「えっと……」


ぼくは頭をフル回転させて、それらしい応え──ありきたりな、これといった特別な意味なんて無いような応え──を必死に探した。


「みんなが、どんな自由研究をしたのかが、知りたいだけです」


即興そっきょうすぎて、応えがちょっとギクシャクしちゃったな。不自然だったかもしれない。


 葛城先生が興味深々の眼差しでぼくを見ている。困ったなぁ~。


「今週末までには、全学年の張り出しが終わっているだろうから、金曜日の放課後にでも、見学にまわってみるといいよ」


 葛城先生の優しさと気遣いに、少し救われた。良かったぁ、根掘り葉掘り訊かれなくて。


「金曜日ですね」ぼくは待ち遠しさを隠しきれずに、ウキウキに確認した。


葛城先生は、満面の笑みでぼくを見おろすと、なぜか、ぼくの頭を撫でてきた。……父さんが、ぼくの頭を撫でるように。


…*…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る