ROUTE(2)③


 ぼくはどんどん不機嫌になっていく自分の気持ちをおさえて、単刀直入に切り出した。


こんなダラケタ職員に、遠まわしに云ったところで、話しが通じるか、はなはだ疑わしいから。


「家庭内暴力とか、虐待の相談にきました。それと、学校の先生が女子生徒にわいせつ行為をするんです。どうしたら、この問題を解決できますか?」


 女性職員の目がまるくなった。そのおかげで気づいた。この人、つけまつ毛をしている!


ぼくの問い合わせにビックリして、目をまるくしたせいで、つけまつ毛が取れそうになってるよ!


「えっと……ごめんね」


女性職員は、まつ毛の取れかかった目をパチパチさせて、耳を疑うように顔をかたむけて訊き返してきた。


「もう一度、云ってくれる?」


 かたむけた顔に扇風機の風がまわり吹いてきて、取れかけのつけまつ毛をびらびらあおってる。気になってしょうがない。


 ぼくはイライラしながら、もう一度おなじ文言もんごんを云ってやった。


「だから、家庭内暴力とか、虐待の相談にきました。それと、学校の先生が女子生徒にわいせつ行為をするんです。どうしたら、この問題を解決できますか?」


 女性職員は困り果てた顔つきで、助け船を求める眼差しを、奥でふんぞり返っているおじさん職員に向けた。


 おじさん職員の、うちわをあおる手が止まった。


「キミが虐待を受けているの? 病院へは行った? 警察に届け出は?」


 ──は? なんだ、この質問? ……これって、あれかな? 〝たらいまわし〟ってやつ。勘弁してくれよ。


 病院に行って、医者から診断書をもらえって? そんなの、病院に一緒に行った親がどうとでも云って──階段から転がり落ちたとか、なんとか云ってまるめ込める──まともに取り合ってもらえないじゃないか。


 警察に行ったって、親が〝この子はなんでも大袈裟にモノを云う〟とか、

病院の医者に云うような逃げ文句を云って、しまいだぞ。


それで、どこへ行っても〝たらいまわし〟。


助けてくれる場所も人もいないから、ここにこうして来ているのに、市役所の職員は、それもわからないのか?


「いえ、ぼくじゃないんです。虐待を受けているのも、もちろん、女生徒にわいせつをされているのも。全部友達がされているんです。


それで、学校側がどうにも動いてくれそうにないから、ここにこうして助けを求めに来たんですけど、いけなかったですか?」


ぼくはバカ正直になりすぎて、トゲのある云いかたをしちゃったなと、云いきってから気づいた。


見ろ、おじさん職員の顔つきもトゲトゲしくなってきたぞ。


 おじさんは臨戦態勢のようにおこった顔つきで重い腰をあげて、のっそのっそと歩きながら尋問じみた質問を訊いてきた。


「虐待って、そんなおおげさな云いかたをして、キミ、虐待の意味がわかっているの? それに、親に怒られるようなことをする子供のほうが悪いんじゃないのか? 


いや~、親も大変だね。

教育としつけをしていたら、虐待なんて云いがかりをつけられるんだから。


わいせつ行為だって、勘違いなんじゃないの? 小学生の児童を相手に、大人の──しかも教育者が、子供に性的魅力を感じるわけがないだろう? キミ、名前は? それと、おうちの住所と、かよってる小学校は?」


 ……一方的な決めつけの云いぶんに、ことさらイライラする。


この人は、自分の娘がおなじ被害に遭っても、おなじことを云って耳をかさないのか? どこまでもしょうもない大人だ。


しかもこのおじさんの云いかた。


これって、遠まわしにおどしてないか?


 〝家の人に来てもらうぞ。学校にも連絡しなきゃな〟って。それはイコール、取り合ってくれないって事だ。


 おじさんのうしろでは、さっきの厚化粧の女の人が、とれかかったつけまつ毛をおさえながら、化粧ポーチらしき物を引き出しからだして、そそくさと廊下のほうへ出ていってしまったし。


(たぶん、トイレに化粧直しをしに行ったんだ)


「ぼくが被害者じゃないから、取り合ってくれないんですか? それとも、被害者だとしても、たらいまわしにして、取り合わないつもりですか? 仕事が、面倒くさいんですか? 現実に起きている問題に目を向けるのが、そんなに面倒くさいんですか?


あなたがたの仕事は、なんですか? この課の名前も〝こども相談課〟なんていう、ふざけた名前をやめて、〝たらいまわし課〟に変更したほうがいいんじゃないんですか? そのほうが、よっぽど清々(すがすが)しいですよ」


 ぼくがイラつきながらムキになって食い下がると、おじさん職員はますます腹を立たせたようだ。

目を吊り上げて、眉間に皺を寄らせている。


ま、当然だよな、子供からこんな事を云われたんじゃ。

だけどぼくの口は止まりそうもなかった。


だって、なにが〝こども相談課〟だよ! バカバカしい! もう相談もなにもないじゃないか!


「キミね、家の電話番号は?」


おじさん職員は電話の受話器を持ちあげると、指をダイアルの数字の上にそえて、今すぐにでも電話をかける気まんまんで、まくし立ててきた。


 こんなくだらない事でいちいち家に連絡なんかされたら、母さんのヒステリックが再発しちゃうし、自転車でぶらつくのだって禁止にされちゃうよ。


──やっと自由に、図書館に往来できるようになったっていうのに!


ひどい現状に目も向けず、耳もかさず、親にどうこう云って問題をなすりつけるのが、あなたがたの仕事ってわけですね! お役所仕事がどんなものなのか、よーくわかりましたよ! お世話様でした!」


 ぼくは怒鳴り散らしてから、きびすを返した。

市役所のタイル貼りの床を睨みつけて、出口にまっしぐら。


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