ROUTE(2)②
夏休みのあいだ、図書館で頻繁に紫穂を見かけた。
紫穂は、毎日のように図書館にいりびたっているように見える。
だって、ぼくが図書館におもむくと、必ずそこに居るのだから。
図書館は、空調設備も万全だし、夏の暑さをしのぐのにもってこいだもんな。
それに、紫穂は本や資料を読みあさって、大好きな自由研究をはかどらせているようだし、まさに、いたれりつくせりって感じかな。
紫穂は資料を見ながら、鉛筆でノートになにかを書き写している。
ぼくは紫穂をチラチラと見ながら、山のように出された宿題を片付けていってる。
ふと、紫穂が席を立った。
ぼくは目で追って、紫穂が本棚に戻した本がなんなのか気になって、見に行ってみた。
本……というか、資料は〝納豆の不思議〟というタイトルだった。
紫穂の今年の自由研究は、納豆? なんか、予想外というか……拍子抜け。
……そうか、納豆か。
ぼくは肩透かしをくらいつつも、納豆の資料の背表紙を見つめて、
親近感がわいたというか、なんというか、紫穂が子供らしくて安心したし、それが
なにより、夏休みを元気そうにすごしているし……今のところ、だけど。
そういえば、紫穂は前に母親ともめている時に、こう云っていたっけ。
〝わたしにとって、図書館は安らぎの場所なの!〟って。
なるほどそうか。紫穂は、図書館に居るあいだは、安らかでいられるんだ。
そう思うと、夏休みは紫穂にとっても、ありがたい期間なのかもしれない。
すくなくとも、図書館に居るあいだだけは、あの家庭からも、わずらわしい学校からも離れていられるんだから。
…*…
8月21日 火曜日
お盆もあけて、世の中が落ち着いた、真夏日和のカンカン照りの今日、
ぼくは市役所に来ていた。
市役所の自転車置き場に、兄さんの〝おふる〟で譲り貰った、使い古された自転車を停めて、正面入り口の自動ドアの前に立つ。
ドアが開いた瞬間、心地よい冷気がぼくの全身を吹きぬけていった。
市役所に来るまでは、うだるような暑さで、やっていられなかったけど、ここはすごくいいな、快適で!
市役所は、図書館とおなじで空中設備が完璧で
夏の太陽の暑さと、アスファルトの照り返しで
ぼくは市役所の中を見渡して、エレベーターの横にある案内図を見つけた。
お目当ての部署はどこかなっと……。
〝家庭課〟か〝児童福祉課〟の文字を探したけど、あったのは〝こども相談課〟って名前の部署だけ。
ぼくは鼻筋に
だって、なんだよ〝こども相談課〟って。バカにしているのか?
もっとマシなネーミングもあっただろうに、よりにもよって、どうして〝こども相談課〟?
それとも、このセンスの無いネーミングのとおり、相談くらいしか……つまり、愚痴を聞くだけしかできない部署なのか? ほんっとに、世の中どうなってんだよ! 頭がおかしいんじゃないのか?
ぼくは胸中でさんざん悪態つきながら、案内図にしめされた〝こども相談課〟に歩みを進めて行った。
〝こども相談課〟に子供のぼくが相談しに行くなんて、なんだか恰好悪いし、
子供のぼくでこれだ。
他のご家庭は、どんな思いをしてこの課に足を運んでいるんだろうな?
親の大人でも、この〝こども相談課〟に通わなきゃならないのか? 家庭や、学校、教育にかんする疑問や相談でも? バカバカしい! ──なんて不親切な市役所なんだ、この市役所は!
もうこの時点からして、市民の声に聞く耳を持ち合わせていませんって、云っているようなものじゃないか。よくもまあそんな事を、堂々とできるよな。
……市長って誰だっけ? どんな顔をしていたっけ? 今度見る機会があったら、じっくり
〝こども相談課〟は、夏休みというのもあってか、ガラガラにすいていた。
カウンターの奥にズラッと並んでいるデスクも、空席がほとんどで、職員は三人しかいない。
しかも、三人が三人共、うちわで風を顔にあおりつけて、やる気の無いだらしなさをかもしだしている。
市役所は空調設備万端だし、さらにはデスクのあちらこちらに扇風機まで置いて起動させているのに、とどめに、うちわだ。
この人たちは、どこまで暑がりなんだろう。
「あのう、すみません」
ぼくは扇風機の風の音に負けないように声をはりあげた。
三人の職員がいっせいにこっちを見て、それから目配せをし合い始めた。
〝面倒な子供の相手はお前がしろ〟そんな心の声が、もろ顔に出ている。
……本当に、失礼な市役所だ。
三人の中の、唯一の女性──中年女性ってところかな。化粧が濃いな──が、ハズレクジを引いたかのような、観念した
……どこまでも、失礼な態度だな。
「どんなご用件で来たの?」
優しく云うのを心がけていますっていう口調で訊かれても、こっちは気分を悪くするだけなのに、
この人は、子供相手だからって、こういう態度をしてもなんの問題もないと思っているのかな?
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