ROUTE(1)⑫


 児童に目がないといっても、ねらいは高学年。

子供から少女に成長している子だけを狙って、わいせつ(おさわり)をしているんだ。……本当に、気色きしょく悪いな。


「……そうなんだよ。来年、オレの姉ちゃんが六年生になっちゃうんだよ……なあ、鳥海、もし、オレの姉ちゃんの担任が上林先生になったら、どうしたらいい?」


「なにかあったら、それこそ紫穂の名前を引け合いに出せばいい」

ぼくはムッツリしながら云った。それからすぐに、校長先生の考えに合点がいった。「……そういう事かよ」


「なにが?」植田が不安そうにぼくの顔を覗き込んできた。


「校長先生は、紫穂を抑止力よくしりょくに使うつもりなんだ……なるほど、これなら、紫穂が小学校にいるあいだの残りの三年半は、穏やかなままだな……」


 ──クソッ! なんて事だっ!

 教育委員会にも、市にも訴えが通らないからって、紫穂を防衛のこまに使うなんて!


「よくしりょく? なんだよ、それ?」

植田が小難しい顔をして、イラついた声をあげた。ぼくだってイラついているのに。


「抑止力っていうのは──」

ぼくはむしゃくしゃして、黄色い通学帽をとって髪の毛を掻き毟った。


てきわざわいを前にした時に、これ以上被害が降りかかるのを防いだり、広がらないようにするために使う力の事だよ……。ぼくたちが図書室で話したとおりだ。校長先生は、紫穂を盾と矛、両方の役割で使う気でいるんだ!」


 云い切って、ぼくはさっき植田が蹴飛ばしていた石ころがここにあれば良かったのに! と、つくづく思った。


なんでもいいから──石ころとか、空き缶とか──蹴飛ばしてやりたい気分だ!


「鳥海が、そうやって嫌がると思ったから……云おうか云わないか悩んでたんだけど──ごめん。自分の姉ちゃんが、巻き込まれると思ったら、居ても立ってもいられなくて……云っちゃった。……ごめん」


弱々しく謝ってくる植田を見て、ぼくの理性がほんの少しだけ戻ってきた。


「ああ、いや……ぼくのほうこそ、気を使わせちゃってごめん。話してくれて、助かったよ……」


情報は、有力だ。

知らないより、知っているほうがずっとイイ。

なんせこっちには、対策をる時間ができるんだから。


「夏休みに入ったら、市役所に行って、けあってくる」

ぼくは強く断言した。


「はあ? 子供のおまえが市役所の人にどうこう云ったって、相手にしてもらえるわけがないだろう!」


 植田の云いぶんはごもっともだったけど、ぼくはカチンときた。


「それでも、やってみないとわからないだろう? それに、やらないより、やってみたほうがうんとマシだ」

この行動力については、紫穂の受け売りだけど。


「そ、それで、もし、鳥海の云いぶんがとおったら、そのあとは、どうなるんだよ? 高学年の生徒を上林先生から守ってくれる人が、いなくなっちゃうじゃないか!」


植田はひどくおびえきって、顔色を蒼白にさせている。


 植田はほんとに、お姉さん想いなんだな。


「──だから、上林先生を追放すればいいんだよ。教員免許も剥奪はくだつさせる」


「そうもっていくための証拠は?」


 植田のつっこみに、ぼくはため息を吐き捨てた。──そら、そうきた。証拠だ。


 やっぱり、どこに行っても、証拠が必要になってくるんだよ。


 ……名前を無記名にした、被害者名簿でも作るか? けど、紫穂は、被害に遭った子たちが話そうとしてくれないって云ってたよな。

──クソッ! 行き詰まりなのかっ?


「図書室で、八鳥には生き甲斐が必要だっていう話しもしたじゃないか……」

植田がうつむいて、うしろめたそうにほざいた。「呼び出しが終わったあとの、あの八鳥の顔を、おまえだって見ただろう? すごくイキイキしていたじゃないか……なんていうか、こう、元気溌溂はつらつっていう感じ?」


「ああ、見たよ」ぼくはワザと不貞腐ふてくされてる云いかたで認めた。


 なんだよ、植田だって、うしろめたそうにしているクセに。

わかっているんだろう? 紫穂を、生贄いきにえのように使う気分になっているって。自覚しているんだろう? 自分をだますなよ。


「だけど、紫穂をこまに使うのは良くない。これは最終手段にしかすぎないんだ……なんとかしないと……」ぼくはぶつくさ云って、早歩きで歩き始めた。


「だったら、生き甲斐は?」植田が小走りになって、焦った口調でついてきた。「八鳥の生き甲斐は、どうするつもりなんだよ!」


「なにか、趣味でもなんでもいいから、別なものをあてがってやればいい──自分の未来の目標とか、なにか」


ぼくはもう植田のほうを向いて喋っていなかった。

道路だけを睨みつけて、黙々と歩いている。


 そうさ……なにか、生きる目標があれば、きみは厄介事に巻き込まれずに、自分の道をあゆみつづけていけるはずなんだ。


……なにか、目標があれば──。



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