ROUTE(1)⑪


 その日の放課後、ぼくは植田と下校した。


 植田は、校門から出てすぐに見つけた石ころを蹴飛ばしながら歩いている。

それになんの意味があるのかと訊いたら、植田は、肩をすくめてはにかんだ。


「とりわけ、これといった意味はないよ。ただ、この石をくさないようにコントロールして、蹴飛ばして行って、家までこの石ころを持って帰れるのか? に挑戦しているだけ」


「持って帰ったら、その石はどうするの?」


「どうもしないよ。もともと、ただの石ころだし。

家に着いたら、家の近くの道端とか、その辺にさっぽっとく。

意味があるのは、この石ころをただ蹴飛ばすだけで家まで運べるか? っていうのに挑戦する事。それだけだよ」


「……ふーん」ぼくは気の無い返事をした。


だって、意味がわからない。

石ころを蹴飛ばしながら家に持ち帰って、それに意味があるだなんて。


「鳥海もやってみたら」植田は明らかに仲間欲しさに、無意味な遊びを持ちかけてきた。


 ぼくは、なるべくイヤミにならないように、声色と口調に細心の注意をはらって、冗談めかしたことわり文句をつげた。


「ぼくに、こんなくだらない遊びに付き合えって?」


「やってみると、けっこうむずかしいんだよ。コントロールとか……石の形によって、転がって行く先も違うから、そこを上手く意識して、自分の進む先にだけ石が転がって行くように蹴飛ばすんだ」


 植田のアドバイスに、ぼくは口をすぼめた。

それから、ちょっとだけ悩んだ素振りだけを見せて、今度は丁寧にお断りをした。


「……気が向いたら、やってみるよ」


 ぼくはしばらくの間、植田が石ころを蹴飛ばしている動きと、蹴飛ばされた石ころがアスファルトの道路とこすれて転がっていく音を聞きながら歩いて、ふと思った。


「……上林先生が校長先生の提案を耳にしたら、どういう反応をするのかな?」


 なにげなしにふった話題で、植田の石を蹴飛ばす動きがにぶった。

コントロールも鈍ったせいで、蹴飛ばした石ころが側溝そっこうに落ちる。

今までの頑張りの道のりが、水の泡だ。すまない、植田。

また明日にでも、チャレンジしてくれ。


「耳にしたらしいよ、上林先生」

植田が目つきを険しくて、頬をピクつかせている。


植田のこの反応ぶりは見るからに、イヤな予感しかない。ぼくはジッと植田を見つめて、次の言葉を待った。


「あの呼び出しの放送のあと、校長先生はすぐに上林先生本人に、事のなりゆきを伝えたらしいよ……。


『上林先生、ゆくゆくは、あの手に負えない八鳥さんの担任の先生になってくださいね。いざとなれば、生徒に手をあげてでも指導なさる恰幅かっぷくの良さと、な教育熱心さを持ち合わせた上林先生なら、あの子がどんな問題を引き起こそうとも、に止められるでしょう?』って」


「そしたら?」ぼくは話しのつづきを催促さいそくした。


 植田は云い渋るように、いったん黙り込んで、重い口調で切り出した。


「そしたら最初、上林先生は嫌がったらしいんだよ……『あんな児童の担任なんて、おことうわりですよ! あんな生徒がいたんじゃ、授業になりゃしない!』って……」


 ぼくは鼻でせせら笑ってやった。「ふ~ん……よく云うよ」


「だよな」

植田も苦笑してぼくの意見に同意してくれると、鼻筋に皺を寄せて、なんだか嫌気たっぷりな感じでつづけた。


「本当は、自分が受け持つクラスに八鳥がいると困るから、そう云って逃げてるだけなのがバレバレだよな。──呆れちゃうよ。そうまでして、女子児童の身体に触りたいのかって思うとさ……気持ちわりぃ」


植田が両腕を抱きすくめて身ぶるいした。

……植田の気持ちは、よーくわかる。


「上林先生はこれからしばらくのあいだ、女子生徒の身体に触れなくなるね」ぼくは〝ざまあみろ〟と云わんばかりの口調で云ってやった。

「ゆくゆくは、負けん気の強い紫穂を担任しなくちゃならないって思うと……気が気で無いだろうに……ご愁傷様」


 植田が、心配げな眼差しでぼくを見てきた。


「……八鳥はさ、確かに問題児だけど、ケンカをする時はいつも、まっとうな理由があるじゃないか? それも、だれがどう聞いても、八鳥の云いぶんの正義のほうが正しいって、軍配ぐんばいをあげたくなるようなケンカばっかり。


それに、八鳥は、今まで一度も授業をサボった事もないし……あ、自殺騒動の時は、その……違かったみたいだけど……とにかく、八鳥は、授業を妨害するどころか、いつも積極的に勉強していたんだって。


その話しを校長先生から聞かされた上林先生は、ぐうのも出なくなっちゃったみたいで……断りきれなくなったんだって」


 植田が云わんとする内容をさっして、ぼくはうめいた。


 断りきれなかったという事は、すなわち、あの上林先生が、紫穂の担任の先生になるって事だろう? 確定したも同じことだ。


「だったら、ほぼ間違いなく、上林先生が紫穂の担任になるんじゃないか。……早ければ、来年から?」なんて事だ……! ぼくの心配をよそに、かってに大人同士だけで、話しをどんどん先に進められている! ちょっと待ってくれよ!


「それがさ……」植田は眉を寄せた慎重な口ぶりでつづけた。「上林先生は、自分の体格の良さを自慢に思っているらしいからさ、もともと高学年を担当したいって、強く求めているんだって。


……だから、来年は……というか〝来年も〟上林先生は五年生か六年生の担任になるんだと思う。八鳥は来年、まだ四年生だろう? だから、来年はまだ大丈夫だと思う。


だけど、八鳥の存在は上林先生をとめる十分な戦力になる。……八鳥にばっかり頼っちゃって、悪いなぁとは思うよ。


けどさ、八鳥が高学年になるまでのあいだに……うちの姉ちゃんが、上林先生の食いものにされちゃうかもしれないんだよっ! ──オレ嫌だよ! 姉ちゃんがさんざん泣くのを見るなんて!」


 植田がきゅうにわめきだして、ちょっとビックリした……けど、そうか。

植田にも、お姉さんがいるんだったよな。お姉さんがいるから、植田はここまで情報通なんだ。


「お姉さんは来年、六年生だよね?」

ぼくは落ち着いた口ぶりを出そうと心がけたけど、たじろいでいるのは隠しようもなかった。


上林先生は今、本人の希望どおり六年生を担当している。ぼくの兄さんの学年だ。


 というか上林先生は、高学年にしか用──興味──の無い口ぶりをしちゃって、ヤツはもう〝おさわり常習犯〟じゃないか。しかも、計画的な。


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