ROUTE(1)⑨


 小学校残り一年間と、中学校。トータルで四年間。

残りの四年間が、あのお姉さんと同じクラスにならない確率は……。


 ぼくは頭の中で瞬時に計算して、確率を叩き出した。


 あの学年は人数が多いから、あるいはと思ったけど……。


 同じクラスにならないよう回避できる確率は、せいぜい30%がいいところだった。


 きっと、どこかの学年で、少なからず一回は同じクラスになるだろう。


 ぼくは哀れ見の眼差しで植田を見つめ返した。


「中学生になったら、せめて、同じ部活を選ばないようにするしかなさそうだね……なるべく接点をなくすようにするしかない」


 植田は不貞腐ふてくされたように眉を一瞬あげて、ため息をついたところで、朝の朝礼のチャイムが鳴った。


 ぼくたちはしばし、チャイムの音を遠くで聞きながら、お互いの目を無言で見つめ合わせると、おとなしく席に戻って行った。


 ぼくは席について、自分の机を見つめながら思った。……中学生か。


 具体的に、すぐそこの未来を考えたのは、これが始めてかもしれない。


 小学校を卒業したら、当然、中学生になる。……紫穂は、果してそれまで、生きつづけていられるのだろうか。


 紫穂が、お姉さんから直接「死ねばよかったのに」って、なじられてなきゃいいんだけど……きっと、なじりつけられているんだろうな。──頭にくるな。


 家族は、ある意味で、云いたい放題の関係でもあるから、あのお姉さんは容赦も遠慮もなく、紫穂を傷つける言葉をあびせるんだろう。


 ここまで考えて、ぼくの脳裏に恐ろしい可能性がよぎってしまった。


 もし、自殺未遂の事を、校長先生が家に連絡しなかったとしても、

あのお姉さんの口が、親にげ口するんじゃないか?


それで、家の事情を暴露ばくろされた腹いせに、あのお姉さんは父親を動かして、紫穂を痛い目に遭わせるんだ。ああ、あのお姉さんならやりかねない。


 ──ぼくは、ふと思った……そんな家族なら、皆殺しにしてしまえって。


 ああ、それが一番いい。

生きていないほうがいい人間はいる。紫穂の家族がそうだ。


それなのに、生きていたほうがいい人間である紫穂が、わざわざ命をおとす必要なんて、まるでないだろう?


 紫穂、絶対に死ぬなよ。

あんなゴミくずの人間なんかに、絶対に負けるな……!


 けど、紫穂が話した〝共食い〟の話しも頭から離れない。


 紫穂は、こんな家族でも望みを捨てきれずに、再建をけているっていうのか?


 こう云ったら悪いけど、無理だと思うぞ。


 人っていうのはな、自分自身で悪いところを自覚して、なおかつ自分自身で考えて悪いところを治していこうと心がけないかぎり、そうやたらめったら変わりはしないぞ。


 これまでの話しを見聞みききしたかぎり、その家族じゃ、無理だよ、紫穂。

──無理だ。


…*…


 その日から、ぼくと植田は、それとなく紫穂を見守りつづけていた。


 紫穂をパッと見たかぎり、これといった外傷──アザだとかは無い。


 だけど、スカートが風でひるがえると、ふとももに、不自然なほど細長い形の無数のアザが見えた。……ぼくの胸が、もみくちゃに締めつけられた。


 なんだ、あのアザの形は。

……ムチで打たれたような、アザ……まさか、そんな、鞭で打たれているのか? ……それとも、木刀で?


 ──ああ、ダメだ。

 考えを巡らせていると、時々、息ができなくなるほど苦しくなる時がある。


 もともと細い体つきの紫穂だったけれど、日に日に、みるみる肉が落ちていっているのも、見ていてわかった。


 紫穂、ちゃんと食べ物を食べているのか? それとも、精神的な苦痛で、食べても身につかないのか? このままだと、栄養失調で餓死してしまうぞ。


 ぼくと植田は、毎日をハラハラさせてすごした。


 だけど、学校側が用意した奇襲きしゅう作戦で、事態は急変した。


 紫穂が自殺騒動を起こした一カ月後の六月のおわり。

その業間休みに、学校のスピーカーから、全校放送が流れた。


 紫穂を校長室に呼び出す放送。それが学校中に流れた。


 ぼくと植田は目を合わせて、ぼくらが呼び出されたわけでもないのに、そ~っと、こっそり、校長室に向かった。


 だけど今回は、先生側もバカじゃなかった。

校長室に差しかかる手前の廊下に、男性教師を二人も置いて、守備をかためている。これじゃあ校長室に近づけないし、こっそり盗み聞きもできやしない。


 ぼくと植田はうなずき合って、校長室が校庭に面している窓側のほうへ駆けて行った。


けど、考える事はだれも同じなようで、校長室の窓の前には、人だかりがこんもり出来上っていた。ぼくは呆れかえって、目をグルッとまわしたよ。


遅れて、別の男性教師が竹刀しないを持って、その窓辺に、怒声をあげて早歩きで近づいてきた。


「オイ! お前ら! 野次馬なんかしてないで、校庭で遊んでろ! ──ったく!」


 蜘蛛くもの子らすように、人だかりがワッと解散した。


 男性教師はその窓辺を厳重に守る用心棒のごとく、ふんぞり返るようにして立ちつづけている。これじゃあ、近づきようもないし、ここまで厳重にされると、ますます呼び出しの理由が気になってしょうがない。


 校長先生はいったい、紫穂に、なんの話しをしているんだ?


…*…


 ほどなくして──というか、次の日には、その呼び出しの内容が、学校中に知れわたっていた。


 校長先生が、紫穂に、ある提案を持ちかけたらしい。


 〝ゆくゆくは──早くて、来年、あなたが四年生になる頃、あの上林かんばやし先生が担任になるクラスの生徒になってみない?〟と。


 学校中に知れわたってしまったのは、その話しを聞いた紫穂の同学年の子たち──おもに、女子のせいだ。

(……本当に女子は噂好うわさずきだよな。なんだか、辟易へきえきしちゃうよ)


 噂を耳にした女子が、次から次に悲鳴をあげていったから。

 悲鳴の内容は、どれも紫穂を非難するものだった。


「しほりんが余計な事をするから、こっちにまでとばっちりがきちゃったじゃない!」

「どうしてくれるのよ!」

「しほりんと同じクラスになりたくない!」こんな具合だ。


……当然といえば、当然だよな。


 だけど紫穂は不敵ふてき一笑いっしょうして、こう云ったらしい。


「わたしが守ってあげるんだから、大丈夫にきまってるじゃない!」


 つまり紫穂は、校長先生の持ちかけ話しに、のったって事だ。


 昼休み、ぼくと植田は図書室に移動して、緊急会議を開いた。

会議の内容は、もちろん、紫穂の事。


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