ROUTE(1)⑧


 ……なるほど、そういう事だったのか。

どうりで、植田は色んな情報を知っているわけだ。


そうか、お姉さんがいたのか、それも、紫穂のお姉さんと同じ学年に。


 ぼくが思案を巡らせているうちも、植田の口は動きつづけた。


「オレの姉ちゃんが云うにはさ、八鳥の姉ちゃんが、妹の自殺騒動でかなりご立腹りっぷくしてるらしいんだよ……いや、鳥海が思うようなおこりかたじゃない。心配して怒ったというよりも……」


 植田はいったん口をつぐんで、難しい顔つきで話題を云いしぶった。


ここまできたら、もう云っちゃえよと、ぼくは植田に催促さいそくの視線を送った。


植田は、云いずらそうな困った目つきを、ぼくと窓とにチラチラ行ったり来たりさせてから、云い渋っている口を、ついにわった。


「妹が、自殺未遂した事で、自分の恥がみんなにバレたって、激怒しているらしいんだよ。


妹の身の心配もしないで『どうせだったら、死ねばよかったのに! 自殺未遂なんて中途半端な事しちゃって、みんなから心配されたかっただけなんでしょ、どうせ! ──ああ、あんな妹を持って、ほんっと、うっとうしい! わかる? この気持ち!』って、訊いてきたんだって。


姉ちゃんが信じられないっていう顔つきで教えてくれたんだ。


 オレも、信じられないって思ったよ。……八鳥の家が、虐待の巣窟そうくつなのにも驚いたけどさ、自分の妹が自殺するほど追いつめられているってゆうのに、普通こんな事云うかあ? ほんと、信じられないよ。


 いくら仲が悪い姉妹っていったって、ここまでひどい事は云わない。……あぁ、あの姉ちゃんは普通じゃない。まともじゃない……オレは、そうしみじみ思ったね。


八鳥が可哀想だよ。アイツはさ、きっと、家族の中で味方してくれる人が、一人もいないんだろうな。っつーかさ、こんなのが家族だって思えるか?」


「思えない」ぼくは即答していた。


腹の底から、怒りがフツフツと沸き上がってくるのを感じる。


「家族なんかじゃない。血の繋がっていない者同士の家族だったとしても、ここまで悲惨な〝集団〟にはならない。……そうだ、あれは、家族っていう名前を借りた〝集団〟だ。紫穂を追いつめて、痛めつけるためだけに存在している集団」


 ぼくはげんこつを握っていた。


 このあいだ、登校班で紫穂が話していた、ザリガニの共食ともぐいの話し。みごとに、あれだ。


 あの時の、紫穂のお姉さんの顔も、よく覚えているよ。

金目当てにぼくのお婆ちゃんにあがり込んできた、お姉さんの顔。


 毎朝、登校班で紫穂を見かけるたびに、おまけで見ている顔。


 ──そうか、紫穂のお姉さんは、性格が腐りきってしまっているんだな。もともと、まともそうな人じゃないのはわかっていたけど、ここまで性根しょうねが腐るとは、むしろ見事としか云えない。


 虐待が日常茶飯事の家で、生き残るための生存本能のゆくすえが、これなのか?


 家族の一人をとことん蹴落けおとして、さも悪者かのようにしたてあげ、自分だけがいい思いをし、優越感にひたり、そして被害者づらをする。


 よってたかって紫穂一人だけを追いつめるやりかたが、生き残るすべ? それしか考えられないのか? 手を取り合って助け合うっていう考えには、ならないのかよ!


 植田がロッカーの棚に片手を置いて、自分の体重を支える格好でうめいた。


「オレもさ、時々、自分の姉ちゃんが邪魔臭く思う時はあるよ。だけど、もし、姉ちゃんが自殺しようなんてしたら心配だってするし……いや、もう、あわてふためいちゃって、なにがなんだかわからなくなると思うけど、


とにかく『死ねばよかった』なんて思わない。そう思うのは、オレの姉ちゃんもおなじで……それで姉ちゃんがオレに相談してきたんだ。


『あんな云いぐさを聞いちゃったら、私、これから八鳥さんとどう付き合っていいのか、わからなくなっちゃった。これからの付き合いかたを考えなくちゃ……。八鳥さんの人間性も疑っちゃって……距離を置きたいの。


 だけど、きゅうに距離を置くと、トゲが立つし……あんなふうに考えている人をてきにまわすと思うと、ゾッとする。


 ……八鳥さんって、私たちの学年じゃ、力を持ってる人なのよ……友達も多くて……。だから、距離を置くと、私、いじめられたりしそうで、怖い……。どうしたらいいと思う?』って」


植田は云いきると、ため息をついて、すがる眼差しをぼくに向けてきた。


「……つかつ、離れつ、適度な距離をたもって、深入りしないほうがいい。ろくでもない人間とかかわって〝良い事があった〟なんていう話し、ぼくは聞いたためしがない」


「だよな」植田がに落ちたように同意の声をあげた。「オレも、そう思う。やっぱ、そうだよな……」


 ぼくは怒りでクラクラする頭を懸命に働かせた。とにかく、思考の整理がしたい。


 それに、植田の相談もほっとけない。ああ、どうしたらいいんだ! 頭の中がグチャグチャだぞ!


 ぼくはフー! と息を吐いて、自分に落ち着けと云い聞かせた。植田が、ぼくの意見を求めている。応えなきゃ。


「紫穂のお姉さんと同学年だなんて、心配だね。……クラスは、別なの?」


話しの内容からして、お姉さん同士はクラスが同じようだけど、一応、念のため訊いてみた。


 植田は顔を横に振った。

「ううん、今年は違うクラスだけど、休み時間に声をかけられて遊ぶ時もあるんだって。……それに、来年最後の六年生もあるし、もっと云えば、小学校を卒業しても、中学校が待ってるだろう?」


 ここまでの話しを聞いて、ぼくのほうがうんざりして、ため息をついて、天井を見上げてしまった。


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