ROUTE(1)⑦
植田の申し出に、ぼくは両眉をあげて、うつむき加減で
「力になりたい……か。それはどうかな……。植田の気持ちはありがたいけど、もう、どうにもならないんだよ。……紫穂は、ぼくを忘れた」
「──は? なに云ってるの? 忘れた? 八鳥が、おまえを? そんなわけ、あるはずないだろう」
植田は、ぼくの頭を心底
「頭を打ったショックで、記憶喪失になる人がいるのはオレだって知ってるけど……八鳥は、頭を打ってないだろう? それなのにどうして、八鳥が、鳥海、おまえだけを記憶からキレイさっぱりくりぬいたみたいに忘れたっていう云いかたをするんだよ?」
植田の指摘に、ぼくの心がズキリと痛んだ。
そう、紫穂は、ぼくだけをキレイさっぱりくりぬいたみたいに、ぼくだけの記憶を忘れたんだ。……いや、消した。
まいったな……
ぼくはよろめきに耐えながら、植田の意見が間違っていないのだけは、なんとか伝えようと努力した。
「まあ確かに、常識からして、記憶を
ほんと、普通じゃないよ。
こんな芸当ができるのは、おそらく紫穂くらいなもんだろう。
紫穂は、自分の身体をコントロールするのに
そもそもあの子の……紫穂の存在自体が、普通から
まあ、〝常識〟とか〝普通〟っていう言葉の定義は、
普通のモノサシで人を
それってつまり、山を切り分けて、モノサシで地面をならして、道路を作るのとおなじなんじゃないのか? 大人たちの都合のいい環境──大人たちが扱いやすい人間を増やすためだけに使っている、普通っていう定義のモノサシ。
……うんざりするけど、まあ、紫穂が普通じゃないのは、確かだ。(云っちゃ悪いけど)
植田が、ぼくらの非現実的な発想を疑いまくって、目を大きくしている。
ま、当然な反応だよな。
ぼくは前言の補足を、ダメもとでこころみた。
(植田にも、理解の限界があるだろうし。常識っていうフィルターをとっぱらわないかぎり、だれもぼくらの発想についてこれない事も、わかってる)
「だけど記憶を操作するのは、実際できるんだよ……たぶん、コツさえ
ぼくは教室の床を見つめて、唇を噛んで断言した。
「紫穂は、自分の身体を操って駆使するのに長けている。自分の脳を操るのだって、身体を駆使する事の延長線だとすれば、不可能じゃない」
「そんな……バカな……」植田が、
「八鳥は普通じゃない、尋常じゃないとは思っていたけど、まさかそこまで並大抵じゃないとは、思ってもみなかった……え、本当なの? 本当に、自分の脳を操って、記憶を消すなんて事が、できるの?」
「できる」
ぼくは顔をあげて、植田の目と、おでこあたりを交互に見つめて云うと、植田はたじろいで、半歩あとずさりした。
「おい……ちょっと、怖い云いかたをしないでくれよ」
上半身をそらして、ぼくの視線から逃げるような
べつに、ぼくが超能力かなんかを使って、脳の記憶に影響をあたえるわけじゃないのに。
記憶の
……という事は、紫穂はそれほどまでに、ぼくを忘れないと、生きていけないのだろう。
植田と話していくうちに、紫穂の苦痛を自分で証明していってるの気づいて……ぼく自身の心が、えぐられるように苦しくなってきた。
気分も、どんどんむなしい気持ちに沈んでいく。
植田には悪いけど、この話しは、もうここでおわりにしたい。
ほんと、やるせなさに、ため息しか出ないよ。
植田は半歩さがったまま眉根を寄せた難しい顔つきを床に向けて、愚痴をこぼすように本音を吐露した。
「実を云うとさ……あの時、あの屋上の踊り場で、鳥海と八鳥が話していた会話。
あの会話の意味が、ぜんぜんわからなかったんだ。……ついていけないっていうかさ、普通じゃなさすぎだろう? だいたいさ、手術ってなんだよ?」
思いがけず痛いところをつかれたぼくは、顔を渋めた。
そういえば、口走ってしまっていたっけ……。手術したって。──ああ、クソッ! まいったな!
あの時は頭に血が昇りすぎて、あの場に植田が居るのを、悪いけど、すっかり忘れていたよ。
まずいな……なんて云い
「手術は、手術だよ……たいした手術じゃない。──そう、骨折とか、そんな
まずいな……と、ぼくは思った。
苦し紛れのウソをついているのが、自分でもわかる。
植田は、胡散臭げな眼差しでぼくを見ているし……ほらな、バレバレだ。
あぁ、困ったなぁ……どうしたらいい。心臓の手術をしたなんて、口が裂けても云いたくないのに。
ぼくは云い訳を探そうと、うつむいて鼻をすすった。
「鳥海が云いたくないなら、無理してまで云わなくていいけど……」
意外にも、植田はぶつくさ云いつつ、ぼくを
ぼくは内心で〝助かった、ありがとう〟と思いながら顔をあげたよ。
植田は、イイヤツだと思っていたけど、ここまでイイヤツだったなんて……。ほんと、感謝しなきゃな。
植田は、半歩さがっていた距離をもとの位置につめて、なんだかいわくありげな真剣な表情で切り出した。ここからが話しの本題とでも云いたげに。
「八鳥の姉ちゃんと同じ学年に、オレの姉ちゃんがいるんだけどさ……」
ぼくは寄せていた眉の片方をあげて植田を見た。
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