ROUTE(1)②


 サッカーは、それなりに楽しかったよ。

 紫穂は女の子なのに、キーパーをやりだすし。


それで、蹴り飛んできたロケットみたいなボールを受け止められるんだから、すごいよなあ。あげく、敵チームにアドバイスまでしていたし。


「そんなんじゃ、ぜんぜんダメ! あっちの逆サイドに、そっちの味方がいたんだから、パスをまわして、アイツにシュートをうたせるべきだった!」とか、


難癖なんくせじみた指示をあれこれ飛ばしていたから、ぼくは笑っちゃったよ。


もちろん、紫穂は自分の味方チームにも、声をはりあげて、怒鳴るように指示を飛ばしていた。


「──あ! ボールを後ろに戻して! ──ああ、違う、違う! ヒールで!」


 紫穂のアドバイスはどれも、チームの特性を活かした、いい戦略のように思えた。


きっとゴールキーパーをやっていると、チームのいたらない点とか、色々と見えてきちゃうんだろうな。


 だけど、みんなは最初、紫穂のアドバイスを難癖なんくせに受け止めているようで、けむたがっている顔つきをしていた……残念な事にね。


けど、プレイしていくうちに、だんだんと紫穂の云っている意味がわかってきたようで──みんな、のみ込みの早い子たちばかりだった──最終的には、いい試合になった。


 この日のサッカーの練習だけで、二・三週間分の練習の成果が出たんじゃないか? っていう達成感が、確かに感じられた。


それは、帰る時のみんなの晴々はればれとした顔つきを見れば明らかだった。


汗をたっぷりかきながら、きっとみんな同じ気持ちをいだいている。


〝──今日だけで、かなりの手応えを感じた。なんだ、やれば自分たちにもできるんじゃないか。──明日はきっと、もっとうまくなってるぞ〟って。


 ぼくらは、明日も遊ぶ約束をして、別れの挨拶を清々すがすがしくしてから、

それぞれが家路いえじについて行った。──ただし、きみだけは違った。

なかなか帰路きろにつこうとしない。


 紫穂は、ベンチにへなへなと座って、はにかんだ笑顔をぼくに向けた。


「ちょっと疲れたから、ベンチで休んでから帰る。──バイバイ」


 弱々しい笑顔で手を振っているけどさ、きみはそうやってウソをついて、家に帰る時間を少しでもいいから先延ばしにしたいだけなんだろう?


 家に帰りたくない紫穂の気持ちが、痛いほどよくわかる。

できれば、ぼくだって少しでも長くそばに……一緒にいたいよ。


だけど、ぼくが長い時間を紫穂とすごすのは、もっと良くない。……せっかく消した、ぼくとの記憶がまた繋がっちゃうもんな。


だから、ぼくは紫穂を一人、公園に残して家に帰った……背中に、重く強い罪悪感をかかえながら。……自分自身に、不甲斐なさも感じる。……それと、淋さ。


 なあ、紫穂。

ぼくらはこれから、どうしたらいいんだ?


…*…


 それからの日々は……むなしさばかりだった。


 夜、眠る前に、ぼくは何回も寝返りをうって、苦しみにもがきながら、きみに想いを巡らせる。


 どうしたら、うまくいくかな? って。


 一日も早く、きみを苦しみから解き放ちたいと想ってる。

きみが苦しみから解放される日が、ぼくの、この苦しみから解放される日だとも思うから。


 だけど、なすすべがない。


 考えて、考え抜いた結論は〝ぼくは、なんてちっぽけな人間なんだろう〟っていうのだけ。


こんなんじゃダメだ。

子供とはいえ……いや、子供かどうかは、このさい関係ないかな。……だって、ぼく一人だけの力じゃ、きみを救ってあげられないんだから。


 ぼくはまた寝返りをうって、眠れない頭を奮い立たせ、無い知恵をしぼり抜いて、考えた。


だんだんと、漠然ばくぜんとしていた思考がハッキリしてきたぞ。


 ……法律を変えたい。


警察の仕組みも、市町村が動く方向性も、なにもかもすべての仕組みを変えたい。


 そのためには、国を動かす必要があるし、避けられない現実の壁もいくつもある。


 大人は、子供のぼくらなんかより、よっぽど頭が良くて、賢い人ばかりが集まって国を動かしているのかと思っていたけど、どうやらそれは、思い違いのようだった。


 この国の大人の頭は、にぶい。


 あれだけの人数が国会に集結しているのに、なんだよ、このザマは。


 外交との問題は、外務省におまかせするとしても、自国内の事は、その他大勢の議員が手当たりしだい取りくめば済む話しじゃないか。


それなのに、なぜ着手しない? 国内の問題に、気づきもしていないのか? どこまでノロマで、にぶい頭をしているんだ。


家庭内暴力、虐待、学校での教師による生徒へのわいせつ行為。


 被害に遭った人は、市町村なり、警察になり、届け出をして、悲鳴をあげながらうったえているはずなんだ。なぜそれに耳を貸さない?


 自国の秩序が乱れていて、下落げらくした、みっともない国にり果てて、品行方正ひんこうほうせいのかけらもない人間がはびこっているのに、


日本は他国に恥ずかしいと思わないのか?


そもそも、そうやっている人たちは、自分のしている行為がどれだけ恥ずかしい事なのかを、自覚しているのか?


 ……していないんだろうな。


 そういえば、ぼくが読んだ本に、ある事例が書かれてあった。


 事例は、アフリカの貧困地帯のゴミ問題。


 アフリカには、〝ゴミをゴミ箱に捨てましょう〟という概念すらないんだとか。


もっといえば、ゴミ箱がなんたるかもわからないらしい。


 これは、文化の違いと云うよりも、人間の知能・知性から由来する文明の差にあるんだそう。


ゴミ箱の存在すら知らない現地では、そこの地域の住人たちによるゴミのポイ捨て──ポイ捨てを通り越して、ゴミの置き去りによって、あたり一帯にゴミの山ができている。


 当然ながら、不衛生だ。

それで疫病えきびょうが発症して、感染が拡大し、死者を何百人と出す。


 だけどアフリカ政府は、それでいいのだと云う。


 貧困地帯で人口が増えすぎて食糧難しょくりょうなんになっているのだから、丁度良いじゃないか──と、一笑いっしょうして終わりにしたとか。


 知力のある政府は、なぜゴミ箱の知識を住民に教えない?


 なぜ、他国の知恵や文化を取り入れない?


 それすなわち、かねがかかるからだと、その本にはしるされてあった。


 世界はどうも──どの国でも──軍事力のほうにお金を使いたがっているらしい。


 暴力のみが横行する世では、文明は進歩しない。

なぜなら人は、その進化の力すべてを使って、生き残ろうとする本能のほうへしか思考(力)がまわらなくなってしまうから。


 だけどな、ぼくが思うに、生き残るすべはなにも、戦うばかりがすべてではないと、そう思っている。


もし、ぼくの考えが通用したならば、日本という国は、軍事力以外の方法で国の防衛に成功した、最初の国、最先端の発展国になるはずなんだ。


 そうなれば、他の国はこぞって日本を見習って、マネをするようになるだろう。そうなれば、上昇効果だ。


世界中の現状が、国の内側から良くなれば、さらにより良くしようと動くのが人間だ。……人間は、良くも悪くも貪欲どんよくだし。


 こんな時代がきたあかつきには、世から……いや、一般のごく普通の家庭からも、暴力は消え去っているだろう。


 国民の考えを一人一人変えていこうとするのは難しい。

だけど、国単位で動けば、おのずとたみの考え方というのは、変わっていくはずなんだ。


……それこそ、軍事力の名残なごり〝右向けーっ右!〟といった具合に。


 滑稽だけど、もうこれしか無い。


〝卵が先か、鶏が先か〟とおなじ。


〝人が環境をつくるのか、環境が人をつくるのか〟だ。


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