第十五章 ROUTE

ROUTE(1)①


…*…


 ──今なら、わかる。

 どうして、あなたといると、わたしの夢も希望も全部なくなってしまうのか。


 あなたが、わたしの夢と希望、そのすべてだったから……!


 わたしの想いあがいていた破滅的な夢や希望なんて、現実をのりきるために見繕みつくろった、憎悪ぞうおにしがみついているにすぎなくて、

あなたの存在こそが、わたしの夢と希望だった……!


 ──そして、ええ……記憶がつながった。

よみがった。


ながらく眠らせていたわたしの記憶が、鮮明に、甦った。

あなたのおかげで。


 わたしの、命における大切な根本原理を教えてくれたのは、あなた。


〝だれか〟なんかじゃない。

他の誰でもない、あなたがわたしに教えてくれたの。

自殺は、輪廻転生できないって。


……来世によみがえって、またあなたと再会をたすには、わたしはみずから命をってはいけない。


 もう一度、あなたと巡り逢うために、わたしは、たとえ今がどんなにつらかろうと生きつづけなければならない。


たとえ、この世が、苦痛の牢獄のように感じても。


 生きつづけなければならない……あなたが不在の、この世でも……。

わたしは、生きつづけなければならないの。


 毎日泣きながらすごすのね。


 きっとこれが、わたしにあたえられたばつなのよ……。

 あなたを傷つけ、死にいたらしめてしまった罰。


 ……あの時も、ううん、もっといっぱいある。あなたは、わたしに、メッセージを送りつづけてくれていた。


だけど、わたしはいつもそれをつっぱねていた。

気づかないフリをして、〝きっと気のせいだ〟って自分に云い聞かせて、無視をして、逃げつづけていた。


あなたを、ないがしろにしつづけていた。……その罰よ。


 わたしは、死ぬまで、あなたの死と罰に、向き合わなければならない。


あなたののこした愛と、想いと、死をずっと背負せおいながら。……わたし、きっと廃人になるわね。


あなたは、わたしが廃人になるのを望んではいないんだろうけど、この喪失感を胸にいだいたままで、わたしが笑ってすごせると思う?


 あなたがこの世にいないなんて──それを認めてしまった今、わたしに、生きる希望なんてないのよ……。


 わたしは、あなたの影を、ずっと追いつづけるんだわ。

 月と太陽の追いかけっこのように、永遠と。


 わたしたち二人が、重なり合う日が来るのを、待ち望んで。

……叶うはずもないのに。


…*…


 日記を読み進めるのがつらい。


 鳥海先輩の日記を読んでいると、わたしは自分がどれほどおろかで、強がりばかりの盲目になっていたのかを、思い知らされているよう。


 鳥海先輩の痛み。

わたしは、彼に、どれほどの苦痛をめさせてしまったの……?


鳥海先輩の苦痛を想うと、わたしにもおなじ苦痛が伝わってくる。


この苦痛が、胸の肉ごと心をえぐって、身も心も、思考さえも、無限の暗闇へちりぢりにしていく……わたしっていう存在が消えてしまいそうよ。


 この痛みを味わうのは、わたしの番。そうなんでしょう? じゃないと、フェアじゃないものね。


 今、わたしは、あなたが感じた苦痛を感じてる。──ごめんなさい。


 いくら泣いても、涙は止まらないし、どんなに謝っても、もうむくわれない。だって、あなたはいないんだもの!


 ──どうして死んじゃったのよ!


 これじゃあ謝ってもきりがないし、あなたに逢いたいわたしの想いはますますつのるばかりじゃない!


 わたしが苦痛と鳥海先輩への想いで泣いているこのタイミングで、スマホが鳴った。


 床にころがしっぱなしのバッグの中から、軽快なリズムカルの電子音が鳴り響いている。……すごく耳障り。イライラする。


だって、こんな気持ちと気分なのに、この音ったら、まるでサーカスの道化師ピエロがジャグラーしながらパレードしているみたい!


 わたしに電話してきている人も、スマホの着信画面をいちいち見なくたって、誰なのかわかる。……どうせ夏樹よ。


 わたしがまだちゃんと生きているのか、夏樹は心配でしょうがないのよ。


 だけど……自分でもわからない。

わたしは今、生きているの? こんな状態で、生きているっていえる?


 わたしは泣きながら日記を抱きしめて、むしゃくしゃしながら空いている手でうるさいバッグをつかんで、部屋の外へほうりげて、ドアを閉めた。


廊下で、にぎやかなパレードが開かれてるけど、わたしはそこに参加しない。そんな気分じゃない。……お願いだから、今はわたしをほうっといて。


 わかってる。

泣いてばかりじゃダメだって事も。

未来まえに生きるために今があるんだって事も。


 けどね、立ち止まっちゃう時もあるの。

どうしても、鳥海先輩を手放せない。手放したくない。


 鳥海先輩……どうして、どうして死んじゃったの。

死んじゃう事なんか、しなければよかったのに、どうしてよ。どうして……!


 わたしはむせび泣きながら、日記を開き、ページをめくった。


…*…


 6月 1日 金曜日


 紫穂の記憶から、ぼくは消えた──。


 紫穂が自殺をはかった日から、次の日、また次の日と、ぼくはずっときみを見守っていたけど、今日、きみは、なにくわぬ顔をして、ぼくに話しかけてきた。


「あんたも、一緒に遊ぶ?」って。


 放課後、いったん家に帰って、あの大きな公園に遊びに行ったら、紫穂と出くわしてしまったんだ。


 はち合わせてしまった時、ぼくは内心でヒヤヒヤしていた。

きみと顔を合わせるのは、まだ早すぎるだろうと思って。


まだ完全に消えていないきみの不安の火種を、燃え上がらせたくなかったんだ。


ぼくと逢ったのをきっかけに、きみがまた死のうとしたらどうしようと、ぼくのきもが冷えた。


 だけど紫穂は、始めてぼくを見るような雰囲気で──好奇心で、目をクリクリと耀かせて──でも、人見知りをする素振そぶりもなく、話しかけてきた。


「あんたも、一緒に遊ぶ?」


 紫穂はもともと、人見知りをするような性格じゃないんだろうな。


「一人で木登りするのも楽しいけどさ、こっちで一緒にサッカーしようよ。今、人数がちょうど一人たりないんだ。だから、あんたが一緒にサッカーをしてくれると、こっちはすっごく助かる」


強気で、挑発的なみで誘われた。

ぼくの大好きな、紫穂のいたずらめいた笑みだ。


 紫穂が……本来の紫穂が、戻ってきたんた。──ぼくを、すっかり忘れて。


 ぼくは、もちろん、笑顔で応えたさ。


「うん、一緒に遊ぼう」


 ぼくは、心をズタズタに引き裂かれた痛みを抱えながら、精一杯の作り笑いを返した。


 紫穂の記憶から、ぼくが消えた──。

 ぼくの痛みと引き換えに。


…*…


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