If you jump the boundary ④
云いきると同時に、紫穂はまた地面を蹴飛ばした。
ぼくは頭の中で紫穂の話しを整理した。
「きみはさ……街宣車を
ぼくの問いに、紫穂は鼻筋に皺を寄せた。
「一人につき、なにか一つの議案がとおれば、〝
だって、あなたも見た事あるでしょう? あのヤジの飛ばし合いに、
中には、
なにが会議よ。あんなのの中で、わたしの意見がいくつも通ると思う? 問題は山積みなのに、文句ばっかり云い合ってる場合じゃないってんのよ。
ヤジを出すくらいなら、まともな意見を云えって! わたしはあの国会の会議を見るたんびに、そう思ってる」紫穂は、遠くを睨み飛ばした。「──もし、わたしが今考えている二つの法案が通ったら、それこそわたしは〝大人しく〟消え失せてやるわよ」
「消え失せるって……どういう意味?」ぼくは慎重に訊いた。
このあいだ、暗殺されるかもしれないっていう話しを聞いたあとだし、心配でしかたないよ。
ぼくはきみに死んでほしくないんだ。というか……死なせてたまるか! こんな汚い社会のために、命を
「……ねえ」紫穂が、考え深げな声をあげた。
眼は、まるでぼくを
「あなた、わたしと前に、どこかで会ってる? なんだか、始めて話したような気がしない……」
紫穂が目をギュッとつむって、記憶をさかのぼり始めてる。
ぼくはまごついた。
どうしよう。紫穂の記憶が、結びつくかもしれない。──でも、そのあとは、どうなるんだ? きみはやっぱり、ぼくを遠ざけるのか? それとも、泣いて再会を
「んん~……どこで会ってる? 学校? じゃ、ないわよね?」
紫穂が記憶をしぼり出しているその時、予鈴が鳴り響いた。
ぼくは思わず、空を
どうして休み時間はこんなにも短いんだ!
紫穂は鉄棒から離れて、体向きを校舎へ流していった。
だけど意識は、まさぐりかけている記憶から離れていないようで、表情は考えこんでいる顔つきのままだ。
……紫穂、どうかこのまま、ぼくを
ぼくは、
「図書館で、ぼくにバッハを教えてくれたのは、きみだろう?」
紫穂の目が、みるみる大きくなって
ぼくは、紫穂の感情をひとつも見逃すまいとして、食い入るように紫穂の表情を見つめた。
顔だけじゃない。ぼくの視界にはいる、紫穂の全身のすべてを、自分の持ちうる全神経をくまなくそそいで見入った。
紫穂の目が驚きに、大きく見開かれている。
唇が、薄く開いているけど、言葉は出てきそうもない。
紫穂が、にぎりこぶしを作った。……そして、
髪の毛とスカートが、紫穂の動きにまかれて
紫穂が、ぼくのもとから、走り去った。──逃げるように。
途中、何度かこっちを振り返り見てるけど、その表情は、どこか
ぼくはただ、
紫穂が、ぼくのもとから逃げた──。
この事実だけが、ぼくの心にグサリと突き刺さって、残った。
…*…
鳥海先輩の日記を読む、わたしの手が、小刻みに震えてる。
涙は、さっきからひっきりなしに、わたしの頬を濡らして、落ちていってる。
……
許して──
わたしは、怖かった……鳥海先輩といるのが、怖かったの。
一緒にいたいと、ずっと想ってた。だけど、怖かったの。……わたしが、わたしじゃなくなりそうで。
今までの
あの頃のわたしが生存できていたのは、父親への
だけど、あなたといると、その糧が、なんの意味も
わたしから、わたしが信じてきた生きる理由と意味を、ぜんぶ取り上げられて、無くなるのもイヤだったし、
わたしの産まれてきたわけだとか、これからのわたしだとか、そういうの全部が、あなたと
今まで経験した事の無い、予想もできないほど大きな〝
今までの、わたしが受けた屈辱や痛みだとか、殺されるかもしれないっていう恐怖や、
それらをせずに──父親への
だけど、あなたと、共にあゆむ事で、わたしの今までのそれらも、全部どうでもよくなってしまうのも、わかっていたの。……だから、怖かった。
わたしには、別の道がある──。
それが、あなたに出逢ってわかった時、たまらなく怖かった。
……うしろめたさもあった。
あなたや、自分の魂の声にそむいているのを、心の
自分の感じているものや、魂の声を認めるのも、怖かった。
──これが運命という大きな運河なら、わたしはその大きな運河に身をまかせる勇気が……わたしには無かったの。
……ごめんなさい……!
…*…
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