If you jump the boundary ③
紫穂が鉄棒をギュッと握りしめて、うるさい
「あのガミガミうるさい街宣車を見かけるたんびに、わたしはあれに石ころを投げつけてやりたいって思っちゃうの」
紫穂のケンカ腰のぼやきに、ぼくはギョッとした。
だって紫穂なら、やりかねないから。
右翼の街宣車とはいえ、あれも(一応)車だ。
車に石を投げつけたら、警察に捕まるぞ。
「……投げつけるなら、せいぜい生卵くらいにしといたら?」ぼくは、それほど問題にならない程度の手段を、紫穂にやんわりと教えた。
紫穂は「あはははっ!」と笑ってくれたあと、イヤミを云いつづけた。しかも、すごい早口で。
「ほんっと、いい大人が、うるさいのよ! あれって、あれよね。暴走族をやっていた人達の末路。
若い時に暴走族をやっていた子が、うるさくするのを
しょせんは、迷惑な暴走族と同等だし、□皇も、あんな下品なのに崇拝されちゃって、迷惑このうえないんだろうけど、
でも□皇も結局は、その程度のものって事なんだろうね。ほら、よく云うじゃない、
だから、日本や□皇は、自分を『
まあ、わたしをこう思わせる役に、あの右翼の街宣車は一役買っているわけなんだけど、あの人たちって、自分のやっている事が、わかっているのかしらね?
それとも実は、ああやって遠まわしに、□皇を
ぼくは両眉をあげた。
紫穂の文句の矛先が、□皇にまで
まあ、きみは、前々から□皇が好きじゃないみたいだから、これもしょうがないんだろうけど。
ぼくは、大音量でうるさく〝軍艦マーチ〟を鳴らしている街宣車を見つめて思った……戦争さえ、なければね……って。
なのに右翼は、こうやって、□皇側に戦争を
いったいどうして、こんなにムキになって、戦争を催促しているのか、ぼくには理解できない。
あんな悲劇を繰り返せっていうのか? 原爆だの、特攻隊だの、国のために死ねって? この、腐った国のために? そんなの、ごめんだね。お断りだよ。
「こんな事を云いだしたら、キリがないんだけど」紫穂は腹立たしげにつづけた。
「あのうるさい政治家の演説も、どうにかならないのかしら? ほんっと、学校のまわりでウロチョロしちゃって、ウグイス嬢はピーチクパーチクうるさいし、学校の先生の話しがちっとも聞こえなくて、授業妨害もいいところ! あんなのに〝清き一票〟を入れたいなんて、誰が思うと思う?」
紫穂の云いぶんに、ぼくは笑った。
ちょうど、国とか政治家を考えていたところだったから、なお面白く感じる。
「……まあ、投票する人は、投票するだろうね。だって、誰がしかに投票しなきゃならないんだから」
「みんな、ちゃんと考えてないのね! 頭がからっぽなのかしら!」
紫穂は鼻でため息をついて、鉄棒を背もたれにして寄りかかると、うつむいて、地面を蹴飛ばして、砂埃をたたせた。
ぼくの口からも、ため息が出てしまった。
「本当なら、まっとうな人がいれば、その人に投票したいんだけど……いるわけないもんな」
ぼくも、大人にあきらめている。世の中、汚い大人ばかりだ。
「ね! ほんっと、やんなっちゃう! わたしが大人になって、もし選挙に出馬したら、あんなにうるさくしなくても当選して、政治家になってやる! それで、国会に新しい法律を提案するの。『選挙の時は、静かに上品に〝大人しく〟しましょう』って!」
うわ……こりゃまた、すごい皮肉が出てきたな。
紫穂のこの口は、誰にもふさぎようがないのかもしれない。
もし子供の紫穂が、今云った事をそのまま国会で発言したら、きっと大人の面目は丸つぶれだろうな。
「きみが国会でそう云うところを、想像しちゃったよ……」ぼくは自嘲ぎみに云った。
「でもさ、正直に云うと……わたしって、議員になれるのかな?」
紫穂はきゅうに肩を落とした。
「政治家は、足の引っ張り合いをするのが仕事だって、誰かから聞いた。
わたしが選挙に当選して、議員になったとしても、仲間を集めないと、発言する前に叩きつぶされるらしいよ。
──ほんと〝出る
紫穂は、遠ざかってしまった、右翼の街宣車のうるさい音のほうをすがめ見ると、負けん気に、強い口調で挑戦状を叩きつけるように話しをつづけた。
「わたしはね、つまり、右翼もヤクザも政治家も暴走族も、みーんな一緒だって事を云いたいの! あんなのが国を動かしていると思うと、ゾッとしちゃう。
日本はこれから先、大丈夫なのかしらね? あんな大人が国を動かしているから、戦争だのなんだのって、話しがそっち方面にそれちゃうのよ。
与党が、野党がとか、そればかっりだし、国会なんてヤジの飛ばし合いで、子供のわたしが聞いていても、耳触りに感じるし、文句の云い合いを見てると気分が悪くなる。
あんなんで、よくもまあ、法律がどーのとか云えたもんよ。そりゃ、国も
紫穂に訊かれて、ぼくは頷いた。
それから心の中で応援した。頑張れ、紫穂──って。
小学三年生のきみが、大人が話すような話題に、しっかり噛みついて、着いてこれているぞ。
ぼくの頷きに、紫穂は自信を持ったのか、笑顔で頷き返してきた。
「そう、議題。議題がちっとも進まない。なんか、国民の目をあざむくために、議題だけをあげて『私たち政治家は、ちゃんと国と国民のために考えて、仕事しています』っていう形だけを見せて、けっきょく、議題の話しはうやむやなままにしているようにしか見えない。
だからさ、政治家もろくでもないものの集まりなのよ。それで国からお金をもらって食っていってるんだから、ほんっと、いい仕事してるわ! わたし、あんな大人にだけはなりたくない」
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