I've been patient ⑥
ぼくは浮かれ立つ足取りで〝医療〟と
その本棚
そしてみつけた。
〝ヒトの脳と記憶のメカニズム〟というタイトルの本!
このタイトルの本を見つけて、ぼくが飛ぶように嬉しくなったのは云うまでもない。
だってまさか、今のぼくに、こんなにピッタリな本のタイトルはないだろう?
ぼくはウキウキと胸を
分厚い表紙をめくって、まず最初に目次を見る。
前置き文や、本題に入る前の説明文の章はとばして
〝これらの症状が
ぼくはその章のページまでパラパラと本をめくっていった。
──第12章 これらの症状が紐づける、一連の可能性。
この章を読み進めいって、結論までを読む。ただそれだけだ。
ぼくはどうやら、この本の前置き文や説明文は、経験済みのようだから。……紫穂っていう、ひとりの……ぼくにとっては、大きなひとつ症例で。
…*…
本を読みおえた。
結論からいえば、紫穂の記憶の
この本によれば、なんでも人は、
重大な衝撃を受けるショッキングな出来事や、
命を
死線でいかに生存し、
皮肉な事に、これらのデータは、第二次世界大戦や、理不尽で残虐非道なベトナム戦争から帰還した軍人をもとに調べ上げたデータで、
軍人のその後の心理状態や自殺者が多い事から、この結論にいたり、本書として、今ぼくの手元にこうしてある。
正義感の強い善人な軍人は、戦争の残虐性に、心──精神がおいつかず、
戦争の前線で、無抵抗な人まで殺してきたんだから──それも、戦争の現場に居もしない上官の命令で──心も壊れる。
生存し、帰還を
一方で、〝天空の城 ラピュ〇〟に出てくる〝ムス〇大佐〟のような人間がいるのも確かだろう。
彼は、心を痛めるどころか、
本書によれば、この脳のメカニズムは、人が生き残ろうとするうえで、
生理学的に反応する、もっとも本能的な反応であるらしい。
人は、産まれついたころより、この反応が
さらに、慢性的なストレスを抱えたままでいると、脳細胞は破壊され、新しい記憶を
うつ病の人の記憶障害は、さらに
……紫穂。
ぼくは頭を
きみは、軍人とおなじ傾向にあるんじゃないのか? あの
──ああ、けど、ぼくには、目をそらしちゃいけない事実もある。
……この本には、こうも
…──〝孤独感もまた、記憶障害を引き起こす
紫穂……。
紫穂、きみは、ぼくがいなくなって、ひどい孤独感を味わったのだろう? そしてそれは、今もつづいている……。
紫穂、紫穂、紫穂……ぼくは、きみのそばに居たい……。
紫穂……ごめんね、あの時、そばにいられなくて……。
ショックだったろう? あの日、突然ぼくが北海道へ行ったと知らされて。……記憶を消すほどに。
だから、ぼくが抱えているこの痛みは、紫穂が受けた痛みでもあるんだ。
紫穂は、ずっと孤独を抱えているのだろう? そうだろう?
そうじゃなきゃ、どうして、ぼくを忘れられる?
どうして、ぼくを別人物だと、思い込める?
…*…
ぼくは本をもとの本棚に戻して、うつむき歩いて中央の学習空間へ向かった。
足取りは、すごく重い。
最後の望みであった最終章には、こう書かれてあったから。
〝ストレスを
罪悪感が胸いっぱいに広がっていて、気持ちを
ひらけた学習コーナーに行くと、そこに母さんと兄さんの姿を見つけた。
二人して、窓側のソファに座って、思い思いに本を読んでいる。……兄さんが本を読んでいるなんて、なんだか変だな。すごく違和感がある。
ぼくは、ため息を吐いてから、母さんに声をかけた。
「母さん」
母さんは読んでいた小説──表紙を見るに、中国の三国志を舞台にした小説のようだ──から顔をあげて、兄さんも本から顔をあげた。
兄さんが読んでいたのは〝手塚治虫〟の漫画〝火の鳥〟だった。
ぼくは瞬時に思った。……兄さんは、自分から進んでこの本を選んだんじゃない。
きっと、母さんが選んで、この本を兄さんにみつくろったのだろう……って。
それで、兄さんは
兄さんが〝火の鳥〟の物語性や内容を理解できるなんて、ぼくには
「お待たせ」と、ぼくは母さんにそれらしく云って、兄さんの隣りに座った。
兄さんの読んでいた漫画本にわざとらしく目をやって、内心で笑いながら、
「〝火の鳥〟面白いでしょう? ぼくもこれ好きなんだ。……火の鳥が、人の
ぼくが感想を云うと、兄さんの目がつり上がった。
兄さんの心の声が聞こえてきそうなくらい、目が怒りとイラつきに燃えている。
〝こんなの、ちっとも面白くもなんともないよ! お前のせいでオレは、こんなわけのわからない本を読まされるハメになったんだからな!〟って。
だけど、火の鳥は漫画本なんだから、いいじゃないかと思うんだけどなぁ……。
兄さんには、漫画本でも〝火の鳥〟はやっぱり
「涼、どこへ行っていたの?」母さんが困り果てた声をあげた。「私、お兄ちゃんと一緒に図書館中を
だけど、どこにも見当たらなくて……。ここで待っていれば、いずれ合流できると思っていたんだけど、良かった、涼が見つかって。──ねえ、あなた、どこに行っていたの?」
ぼくは肩をすくめて、図書館の吹きぬけの天井を
「あっちの、奥のほうの……専門分野のほう。一番奥だったから、目が行き届かなかったのかもね」
母さんは、ぼくの視線の先を確かめたかったのか、体をひねって、うしろの奥へつづくコーナーに目をやった。
それから顔をこっちへ戻すと、半分
「あなたには本当に驚かされるわ……まさか、あっちのほうにまで行っていただなんて。母さん、そこまで頭がまわらなかったわよ」
「おまえさ」兄さんが、
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