I've been patient ⑤


 つまるところ、上林先生みたいな、こうした人たちは、

愛がなんたるかを、まるでわかっちゃいないんだろう。


 だって、愛を知っていたら、こんな卑猥ひわいな事をするはずもないだろう?

 愛する人を一筋ひとすじに、一心いっしんでいたら…──ああ、ダメだ!


 上林先生の邪悪じゃあくでしかないよこしまな感覚が、ぼくには理解できない。


 頭がおかしい人なのか、あるいは人のかわかぶった、なにか別の生き物なんだよ、上林先生は。


 そんな人らしからぬモノを〝先生〟と呼ばなきゃならないなんて、

どうしたって吐き気もわくし、反吐ヘドもでる。


 人なら、もっと人らしい考え方とか、道徳心をつちかってほしいものだけど、


でもぼくのこの思い──要求を、彼らにつきつけたところで、きっとたぶん、彼らにとっては無理難題を押しつけられた感覚にしかすぎないんだろうな。


 だって、ぼくが……彼ら……いや、〝ヤツラ〟の感覚が理解できないように、きっとヤツラもぼくの考え方が理解できないんだろうから。


 ヤツラがもし、理解できる頭をほんの少しでも持ち合わせていたのなら、そもそもこんな話しすら、出てこないし、論点にもならないはずなんだ。


 だからヤツラは、人ではない、なにか別の生き物なんだ。


 ……紫穂、ぼくが思うに、こんなヤツラを相手にしたって、時間の無駄だぞ。

きっと話しがつうじなくて、イライラする地獄の時間になる事うけあいだ。


 それに、紫穂がとばっちりを受けて、身を危険にさらすのも、考えものなんだ。


なにを考えているのかわからない、人の範疇外はんちゅうがいのヤツは、次になにをしでかすのかも、わかったもんじゃないだから。


 でも紫穂は、登校拒否をしている生徒にわって、この問題にみつくんだろう?


 はあ……ぼくは心配でならないよ。


 けど、これも、どれも──紫穂のやる事すべて、〝自分の父親を殺す、その目的のためなんだ〟って、そう思うと、に落ちちゃうところもあるんだよ……ぼくは。


 話しが通じないのは、紫穂の父親も同じなのだろう?


 だから紫穂には、これから必ず、その〝人ならざるモノ〟と対峙するその時がやってくる。


──紫穂にとって、今やっているこれらすべてが、対峙に向けての下準備と〝実験〟だとしたら──。


 そう思うと……ぼくは紫穂を止められないな。


 けど、ぼくは思うんだよ……。

もっと別の、違う生きかたの道を、選ぶべきなんじゃないか? って。


……だからってぼくが、きみの人生に、なにかどうこうできるってわけじゃないけどさ。


 でも、考え方というか、世界の見方みかたを、視野を広げて、角度も変えて見てほしいって思うよ。


そうしたらきっと、なにかが変わるかもしれない。


…*…


 その週の残りの、朝の通学班で、

ぼくは紫穂の班と、はち合わせられなかった。


 兄さんが、毎日朝からピリついてて、ぼくや、他のおなじ班の子を「早くしろ!」と、せっついたからだ。


集合時間に、家から出てくるのが遅い子にいたっては、

兄さんはわざわざインターホンのチャイムを鳴らして、呼び出しているくらいのいそぎよう。


よほど、朝から紫穂と顔を合わせるのがイヤらしい。……まったくもってバカげている。


 そんなわけで、ぼくは朝から紫穂に逢えず、学校でも校舎が違うせいか、まったく紫穂の顔をおがめず、週末の日曜休みに入った。


 ぼくは母さんにねだって、図書館に連れてきてもらった。……良くない事に、おまけで兄さんも図書館に来るハメになってしまった。


兄さんほど、図書館に無縁むえんな人はいないだろうと思うのに、なぜかこの日、兄さんはついて来た。


 兄さんは、母さんが図書館まで車を出すって云うから、それが嬉しかったのかも。気晴らしに、ちょっとしたドライブがしたいだけだったのかもしれない。


 もしくは、図書館の帰りに、どこか喫茶店にでも寄って、ケーキを食べる楽しみがあるかもしれないと、そうんでいるかだ。


喫茶店に寄り道をして、ケーキを食べるっていう特権は、お出かけに同行どうこうした人の特権でもあるからな。


だからたぶん、兄さんは、それ狙いか。……兄さんの事を考えると……はあ、疲れちゃうな。


…*…


 市立図書館の駐車場に着いて、車から降りると、ぼくは館まで早歩きをした。


母さんは、お出かけ用のパンプスなんていてくるから、歩くのがいつもより遅い。


じれったくって、母さんと兄さんを追い抜いて、ぼくは図書館の自動ドアの前に立った。ジリジリと、ドアが開ききるのを待って、図書館の中へ入る。


……ぼくの好きな、使い古した本のにおいがする。


 日曜日の図書館は、家族連れが多かった。


 図書館に入った、すぐ右手側に児童文学コーナーがある。

家族連れのお母さんは、ちいさい子供に、絵本を読んで聞かせてあげていたり、


そのちいさい子の兄弟・姉妹の上の子供は、自分で好みの絵本をみつくろって、

絵本を読むお母さんの隣りか、あるいはお母さんの背中を背もたれにして、よりかかって本を読んでいる。


 反対に、館に入った左側のコーナーは、新聞とか、経済誌コーナーになっていて、家族ずれのお父さん連中なんかが、ここで眼鏡をかけて新聞を広げて読んでいる。


〝私は、こっちで子供たちのお世話をしているから、あなたはここで、新聞でも読んで待っていてね〟そんなやりとりが目に浮かぶ。


 ぼくは図書館内を歩き進んだ。


 進むにつれ、本の文学の対象年齢コーナーも上がっていく。


 児童コーナーから、小学生向け、小学生の高学年向け。それから、中学生向けになると、高校生、大学生向けになっていく具合だ。


 図書館の中央についたところで、そこに受付の白いカウンターがあった。

本の返却の受付と、貸出の受付があって、大きくて白いパソコンが、三台も置いてある。


 受付の前はひらけた空間になっていて、広々とした机(丸い形のテーブル、円卓だ)で、高校生だか、中学生だかの学習スペースになっている。


 ぼくより年上の学年の子……小学生だけど、高学年の子もそこで資料集を見ているし、高校生のお姉さん、お兄さんもいた。


そして小学生の高学年らしき子は、ときおり、そのお姉さん、お兄さんの勉強内容を、こっそり盗み見て、興味深々の眼差まなざしを送っている。


遠くない将来に、自分にめぐってくる勉強だか課題かが、どんなものなのか知りたいのだろう。


 その年上の人たちは、宿題だか、自主じしゅプリントなんかを持ちよって、楽しげに勉強をしている。


友達同士で、資料集を共有して、あれこれ論議ろんぎしながら、レポートらしきものを作っている人たちもいるし……すごく楽しそうだ。


 ぼくも今度、植田を誘ってみようかな……なんて思いながら、ぼくは図書館の中央コーナーをつっきった。


このまま、大人向け小説が置いてあるコーナーも抜けて、より奥へ奥へと進む。


 今日ぼくが来た、ここ市立図書館の構造こうぞうは、館の奥へ進むにつれて、より専門的な分野の本を置くつくりになっている。


 おまけに、図書館の建築構造も、お菓子のドーナツを四等分にしたような形になっているから、


ドーナツの奥まったところにある、専門分野の小難こむずかしそうな本ばかりが置いてある、この専門分野コーナーまでは、入り口近くの児童コーナーから時々あがる、子供達の甲高かんだかい声が、さほど耳に届かない。


 いったい誰が、こんな建築の造りを考えたのか。素晴らしい造りだ。


この図書館を手掛けた建築家が誰なのか、あとで館長に訊いてみるのも、それもまたいいかもしれない。


なにか、良いゆかり話しが聞けるかもしれないぞ。


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