I've been patient ④
次の日、登校中の班で、ぼくは紫穂を見つけた。
紫穂は、道路脇の用水路をしきりに気にしながら、班の
ぼくらの班の
兄さんも、紫穂に気づいたみたいだけど、なにを云うでも、なにをするでもなく、歩くスピードだけをあげた。
なんせ、ぼくの隣りには母さんがいるからな。
母さんの見ている前で、さすがに
ぼくは兄さんの
兄さんは、視界に入る紫穂が目ざわりなのか、
せめて紫穂の班を追い越してやろと考えたのか、そこはわからないけど、
そのおかげで、ぼくらの班が紫穂の班に追いついて、ぼくは紫穂とすれ違う事ができた。
すれ違いざま、ぼくは思いきって紫穂の肩をトントンと叩いてみた。
「おはよう」
そしたら、紫穂は、目をまるくしたビックリした表情で、用水路からぼくへ顔を向けてきた。
そして驚き顔のまま、しげしげとぼくの顔を見ている。
……〝この人、だれだっけ?〟みたいな顔だ。
……え? 紫穂は、またぼくの事をすっかり忘れちゃったの?
校門で、北海道にいるはずのぼくを想って、あんなに
「お、おはよう……」
紫穂は、用心深い
ぎこちなくボソボソと挨拶を返してきた。あげく、挨拶を返してから、
本当に、ぼくに対して心あたりがまったくないみたいに。
(いったいぜんたい、きみの頭は、どうなっているんだよ!)
ぼくは、きみの記憶の
それと同時に、北海道へ行く前に、きみがぼくに話してくれた事も
〝ケンカした相手の顔を、いちいち覚えていられない〟
──なるほどそうか。
これが、そうなのか? ……まいったな、こりゃ。
それじゃあ、ぼくは、きみに顔を覚えてもらうために、ケンカじゃなくて友達として、どうにか仲良くならなきゃいけないってわけだ。
まあ、もともとぼくは、きみとケンカをする気なんてさらさらなかったんだけど。
きみがどえらい思い違いをして、あの日、校門でケンカみたになっちゃっただけなんだけどな。
ぼくはきみと仲良くするつもりだし、仲良くしたいんだ……というか、もうすでに仲は良いはずなのに、まったく本当に、きみはいったい、いつになったらぼくをぼくだとわかってくれるんだ?
兄さんは、ぼくが紫穂に声をかけたのに気づいて、面白くなかったのか、さらに歩く
ぼくは紫穂の反応に落ち込んで、うつむいて班の列に遅れをとらないように歩くしかなかった。
昨日、図書室で読んだ本〝ジキルとハイド〟は、放課後中に読み切れなかったから、ぼくはあのまま、あの本を借りたんだ。
〝ジキルとハイド〟は今、ぼくの部屋にある。
夜、寝る前にあの本を読んだかぎり、二重人格者に紫穂はあてはまらない。
紫穂の記憶の欠落と、
つきとめられるかどうかは、まったくもってわからないけどさ!
…*…
〝ジキルとハイド〟を読みおえた。
感想は……そうだなぁ……ひどい話しだった。
……これしか思い浮かばないよ。
もし、仮に、植田から〝上林先生のいやらしい悪意〟を聞いていなかったら、もっと違う感想になっていたかもしれないけど……。
けれども、女の人を
……そのハイド氏は女の人を
もし、この世に彼女たちの存在がなかったら、自分が
自分は娼婦を必要としているくせに、彼女たちに
最終的に、彼女たちの体を実験台にして、虐殺しているし……ひどい話だ。
昔の中世の時代は、こんなにひどく乱暴な時代だったのだろうか? ……でも、そうか。この時代は〝魔女狩り〟なんていう、理不尽な云いがかりで女性を生きたまま火あぶりにしてきた時代でもある。
男たちは女性を必要としているのに、なぜか、
そして、自分の社会的地位が
……たしかジャンヌダルクもそうだったはず。
胸クソ悪すぎて吐き気がする。
だから、中世の時代における、この〝ハイド氏〟の
この時代の上流階級の人達は、自分の頭のおかしさに気づけない……もしくは、頭のおかしさに気づいているけど、気づかないフリをしているのか──。
それは当事者じゃないからわからないけど──これだけ辻褄の合わない、わけのわからない云いぶんを
それと、悪と善についての感想だけど、
ぼくにとってこれら悪と善については、論点にもならないな。
はっきり云って、善と悪なんて、自分で区別ができるし、
そもそも、ジキル医師の考え方が根本的におかしい。
どうして女性を求める欲望を、悪と結びつけたのか。この心理がおかしいんだよ。
愛する人を求めるのは、
奇怪な世の中で、心がむしばまれてしまったのだろうか?
まあ〝ジキルとハイド〟は架空の話し──小説なんだけど、この本のおかげで、とにかく、この中世の時代において、女性をひどく見下していたっていうのだけは、よーくわかった。
……上林先生は、この〝ジキルとハイド〟を
表立っては〝善良で善人な小学校の先生〟。
裏の顔は〝小学生の生徒の体にわいせつをする変態クソジジイ〟ってわけだ。
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