I've been patient ③


「鳥海は、昨日、八鳥と話しをしていただろう?」

戸惑っているぼくをそっちのけで、植田は話しをつづけた。

「昨日の夜、寝る前に、オレなりに考えてみたんだよ。……そのせいで、今日は寝不足なんだけど……。


昨日の鳥海の話しだと、八鳥はみんなのために、悪役を買って出て、

それでわざと目立つように暴れて、学校をいい環境にしようとしているんだろう? 


鳥海の話しを聞いて、オレも、そうかもしれないって、思い始めてきてたんだ。


そこにもってきて、朝の騒ぎだろう? オレもあれを見たし、話しも聞こえてきたから……わかる。


八鳥は、あの先生も退治たいじするつもりなんだろう? ──ほんと、よくやるよ。相手は、大人の先生だよ?


学校はこの問題がおおやけになるのを怖がってるみたいで、やられた子の話しにも、その親の話しにも耳をかさないみたいで……ぜんぜん解決しないで、あの先生は野放のばなしだしで……ほんと、やってられないよ!」


 植田はせきを切ったように嫌気いやけを吐き捨てて、本を机へほうり投げた。


「──なあ?」苦難くなんめいた顔つきで、ぼくにすがるように訊いてきた。

「大人って、どうなってるんだよ? オレも大人になったら、あんな薄汚い人間になるのか? だとしたら、オレは大人になりたくないよ!」


 植田は涙目でうったえてきている。

ぼくは……今はショックで、頭がぼんやりしてるけど、とにかく、紫穂が話しをふった教頭先生の顔だけが、ぼくの思考をよぎった。


「……薄汚い人間じゃない人もいるよ。……きっと、少数なんだろうけど。

だけど、ぼくたちが大人になるころには、きっとその少数が、多人数になってるはずだよ。だって、少なからず、ぼくらはそんな大人になんか、ならないだろう?」


「……そうかな……?」植田はすっかり絶望的に肩を落として、机にひじをつき、その手に自分のおでこをなすりつけた。


 ぼくは、なんとか植田をはげまそうと、理屈をしぼりだした。


「そうだよ、ならないよ。……今、こんなふうに考えている人間が、そんな人間になるはずないよ。なるやつは、もっと違う考えかたをするはずだよ……」


と、ここで思いがけずして、ぼくは昨日の高橋くんの顔をおもい出してしまった。


 あの子は、こんな事を云っていたよな。

〝おなじ思いをすればいい!〟って。

……はあ~、もう、なんだかなぁ。──学校が、しき道を教えてどうするんだよ! まったく!


 悪い大人の手本ばかりを、ぼくたち子供に見せつけて、いったい大人たちはなにがしたいんだ?


 それでぼくら子供が悪さをすれば、自分たちを棚に上げてしかり飛ばすんだろう? まったく、滑稽こっけいすぎて、うんざりするよ。


「もっと違う考えかたって?」植田が、おでこになすりつけていた手に、今度はあごをのせて、ほとほと疲れきった具合に訊いてきた。


よっぽど寝不足なのか、この胸クソの悪い学校に、いいかげんうんざりしているのか──。どちらにせよ、植田は考えあぐねて、悩み疲れきっているのだろう。


 これで勉強に集中しろって云うほうが、無理な話だ。

ぼくは、どうしても脳裏にチラついてくる高橋くんの顔を無視するよう心がけながら、


〝もっと違う──悪い考えかた〟をしてしまう人間を、なんとか説明した。


「ぼくが思うに、そういう人間は、おなじ出来事を見聞みききした時点で、心で感じて思う事がまるで違うはずなんだよ。


……植田みたに、嫌悪感をかかえる人と、そうじゃない真反対の意見を持つ人間。


──真反対の人間は、きっとこう考えるんじゃないかなあ? 『大人になったら、オレもおなじ事をしよう。バレなくて、好き放題ができるんなら、オレもおなじ事をしてやろう!』って、声に出さなくても腹の底で、そう思ってるはずだよ」


「ハッ……!」植田はうんざりに、ため息となげき声を同時にあげた。「オレは、そんな人間にはなりたくないね!」


「ぼくも、おなじ意見」


 ぼくは短く返して、頭の中の想いを整理しようとした。


 やましいおこないのある上林先生は、とんでもない〝やましさ〟をやっていたんだな……。紫穂、きみは本当に単刀直入に云ったんだ……。


 それにしても、紫穂。

きみは、どうして、そんなにわざわざ危険へ飛び込むんだ?


 色んな問題に首をつっこんで。


 自分からわざわざ敵を作っているとしか思えないよ。


 それとも、だれもやらないから──でも、だれかがやらなきゃいけない事だから、だからきみがそれらすべてを引き受けているのか? けど、きみはまだ子供だぞ?


 危ない橋を渡るのは、勘弁してくれ。

ぼくはきみが心配で、気が気じゃないよ。


「……八鳥はさ」考え深げに植田が声をあげた。声も口調も、わりと冷静になってきている。「けっきょく、五年生も守ったんだな……六年生から」


 そう云われて、ぼくも確かになと思った。

植田の推論すいろんは、おそらく間違っていない。


 植田は、ほうり投げた本をいじくりながら、話しをつづけた。


「朝に、八鳥がああでもしなかったら、六年は五年生をズタボロに云っていただろうし、そうなればまた、報復ほうふくの繰り返しになっていたかもしれない。


今日、八鳥が、五年生にむけられる分の悪意の標的ひょうてきを自分にもっていったんだろう? それできっと、五年生は助かっているはずなんだろうけど……五年やつらは、そんなの微塵みじんもわかっていないんだろうなぁ。呑気なもんだよ。


はぁ~……そう思うとさ……八鳥って、いったいどこまで考えているんだろうな?」


「芋づる式」ぼくは、頭にぼんやり浮かんだ言葉を口にしていた。「ひとつの事柄ことがらで、すべてを根こそぎ片付ける。……そう、見越みこしているのかもしれない」


 そこに、自分の兄さんがまじっている事に、ことさらの恥ずかしさを感じる。

まったく、兄さんも、兄さんだよな。


「そっか……」植田が、ぼんやりとした感じにつぶやいた。「だったらオレ、八鳥の見方が変わったよ。アイツは、そこまで悪いヤツじゃない。──まあ、手段というか、やり口は考えものだけど」


 植田の感想に、ぼくは苦笑した。


「そこも、ぼくも同感かな」


…*…

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