Please don't be a stranger ⑬


「さっきのサッカーだよ」

ぼくは戸惑いながら、自分の心の整理をする時間稼ぎがしたくて、

紫穂が頭の中で描いていたであろう〝シナリオ〟を云い当てにいった。


「そもそも、サッカーの勝負を申し出た時点で、きみは勝ちをさとっていたんだろう?


で、五年生が勝負にのって、勝ちは確定した。……勝負にも勝てるし、校庭でも遊べるしで、きみたち三年生は一石二鳥ってわけだ」


ここまで話すと、紫穂の顔には動揺どうようが見えて、眉根まゆねはますます寄っていった。


「ぼくが思うに、きみは、この時を虎視耽々こしたんたんねらっていたんじゃないかな?


いつか、校庭を占領する上級生たちをこてんぱんに叩きのめして、みんなに校庭が解放される日がくるのを望んでいた、そうだろう?


それで、ようやく、今日という絶好ぜっこうの機会にめぐり合ったってわけ。


それだけじゃない。きみは、みずから進んで悪役を買って出て、今回のこの一件で、五年生が他の子──今日、かげで手出しをされないように、今わざとケンカをふっかけた。


もしそれで、本当にケンカになっても、きみは良かったんだろうね。相手に大怪我をおわせても、きみの云うとおり、多勢に無勢だ。


しかも、相手は、年上の男子数人に対して、きみは年下なうえに女の子ひとり。……骨折こせつさせるほどの大騒ぎのケンカになったとしても、きみはそんなに〝おとがめ〟されないだろう。


 きみは、徹底的に悪役になって、五年生の注意を自分だけに集めて、あのサッカーをしていた三年生を守ったんだ。


おまけに、この学校のしき風習ふうしゅうを、たった三十分で片付けた。……ほんと、見事だよ」


 ここまで云い当てると、紫穂はカッと頭にきたように顔を真っ赤にして、ぼくの胸ぐらをつかんだ。


「あんた、見ない顔ね、何者なにもの? ここの学校の子なの?」


低い声で威嚇いかくしながら、うたがわしげな視線を、ぼくの帽子に向けた。


どうやら紫穂は、ぼくがここの学校の生徒かどうかを確かめたらしい。

ぼくのかぶる、学校の黄色い通学帽には、ちゃんと姫小の校章が刺繍されてある。


きみは目を白黒させて、ぼくの瞳をのぞき込んだ……いや、にらみつけてきた。


 ──すごいな、紫穂の睨みは。

はっきり云って、すごく怖い。


 紫穂から、こうまで自分へ敵意をむきだしにされると、みんなが怖がる理由もわかる……。


 隣りの植田が、ぼくを助けようと、うわずった声をあげた。


「……お、おい! 口で云っているヤツに手出ししたら、お前の負けになるんだからな! 口なら口で、云い返せよ!」


 植田の云いぶんに、ぼくは顔をしかめた。

これじゃあ、ぼくをかばって云っているのか、ぼくを紫穂にけしかけているのか、わからないじゃないか。


ぼくは紫穂と口喧嘩する気はないのに、ややこしくしないでくれ。


 紫穂は植田をねめつけると、眼中外がんちゅうがいなのか、ぼくに視線をもどした。胸ぐらは、つかみっぱなしだ。


「──フン! まあ、いいわ。……あのね、あんたがどうやって、わたしの考えを読めたのかは知らないけど、いい? 云いふらしたりなんかしたら、承知しょうちしないわよ? ──ただじゃおかないんだから! それこそ、後悔するほど、けちょんけちょんにみつぶして、この顔を、この校庭の地面に叩きつけて、踏みにじってやる!」


 植田は、そうなる自分を想像したのか、身をこおりつかせてかたまった。ぼくはショックで、声も出ない。


──きみが、ぼくに気づいてくれないなんて!


 ぼくは意をけっして、白状するように、胸の内をあかそうとした。


「きみさ、前に、心臓の悪い子と、仲良くしていたでしょう?」


 ぼくはこれで、紫穂の記憶にゆさぶりをかけた……つもりだったんだ。

けど紫穂は、顔からみるみる血の気を引かせて、蒼白になってしまった。──ぼくの胸ぐらをつかむ手も、小刻こきざみにふるえだしている。


 どうしよう……どうなっているんだ……。


 紫穂は血のの引いた顔を鬼の形相ぎょうそう変貌へんぼうさせて、ぼくの首根っこをつかむと、校門のほうへズンズンと歩き出した。


ぼくは紫穂に引きずられる恰好かっこうで、わけのわからないまま歩くハメになっている。


 でもって植田が、また余計な声をあげた。


「──おい! どこへ行くつもりなんだよ! ……鳥海を、どうするつもりなんだ! 

せ、先生に──云いつけてやるからな!」


 紫穂は激昂げっこうして、怒鳴り声をあげた。


「云いつけるなら、云いつけなさいよ! けど、そん時は、この子がどうなっても知らないからね! あんたが本当にこの子をおもうんなら、あんたはそこで、おとなしくしとく事よ! わたしはこの子に話しがあんの! ふたりっきりでね!


──いい? あんたはついて来ないでよ? もし、ついて来たら、あんたも、この子も、ただじゃおかないんだから!」


 ……おい、おい、おい。ぼくは、人質か?


 植田はあたふたして、右往左往うおうさおうしている。


ぼくは、植田に向かって軽く手を振った。

〝ぼくは大丈夫だから〟って意味を込めて。……ぼくの送った意味合いみあいが植田につうじているのか、さだかじゃないし、むしろ疑わしいばっかりだけど、


ほんと、先生を呼びつけて騒ぎにするのは勘弁してくれ。


ぼくの家に、先生からの連絡で電話が鳴ってみろ。

母さんが、またヒステリーを起しちゃうじゃないか!


 校門につくと、紫穂は校門の石柱せきちゅうの物影にぼくを引きずり込んだ。


……正直に白状すれば、ぼくは紫穂がそれなりに怖いけど、さほどでもないんだ。


どうしてだか、繋がりを感じているままだから。……悲しい事にきみは、ぼくをすっかり忘れているようだけど。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る