Please don't be a stranger ⑪


 この姫小の校庭のはしには、ちょっとした山がある。

たぶんだけど、ぼくが思うに、この山はあえて造られたんだ。


 校庭の南側に位置するこう側は、道路をはさんですぐ住宅街がある。

南から吹く春風ならいざ知らず、冬の吹きすさぶ北風は、容赦なく校庭の砂をまきあげて、南の住宅街へ吹きつけるだろう。


住宅街の家は砂ぼこりだらけだ。

洗濯物も、布団もせやしない。


だから、学校はこの位置に山を造って、森を見立てた木々を植えて、冬の風が起こす砂埃すなぼこりを、この山でくい止めようとしているんだ。


 その森っぽい山では、低学年が──あの小柄な体を見れば、おのずと、その子たちが一年生だろうというのは、すぐにわかった──縄跳びの練習をしながら、

瞳を耀かせて、このサッカーの試合に魅入みいっていた。


 紫穂は視線を、文句を云う同級生へ戻した。

「学校の校庭って、みんなのものでしょう? 五年生とか、上級生のためにあるんじゃない。みんなが仲良く使うためにあるの。それを占領するのは良くない。


──それは、うちら三年だって一緒よ。……だって、見てよ、あれ」と、紫穂は山で縄跳びをしている一年生へ視線をやった。


「一年生が、可哀想に、あんなところで縄跳びしてる。あんな斜めってるところでやるよりも、この平地の校庭でやったほうが、よっぽどやりやすいのに」ここで紫穂は、わざとらしく「あ~あ!」と、大きなため息をついた。


「わたしはね、国会とか大人のあいだで使われている〝長い物には巻かれろ〟っていう言葉が、だいきらいなの! だからわたしは、校庭を上級生が占領するっていう、ふざけた伝統を、うちらの代で、ぶち壊してやりたいわけ。


うちらだって、今までさんざん我慢をしいたげられてきたんだから! だから、これからの下級生のためにも、みんなで校庭を使おうよ」


「はあ?」ボールをひとりじめしていた子が、文句の声をはりあげた。「オレらが苦労してきたんだから、下のアイツらだって、おなじ苦しみを味わえばいいんだよ!」


その子はいかりをあらわにした目つきで、一年生へ睨みを飛ばした。完全に、今までの苦労の八つ当たりだ。


 紫穂はハン! とバカにした声をあげて、その子の注意を自分に向けた。

「やっぱりあんたは、その程度の人間だったって事よ! ほんと、あんた、どこまでバカなの?」


「ああっ!」文句を云う子が、怒号どごうをあげて威嚇いかくをした。

けど紫穂は、余裕に笑って、さもどうとでもないようだ。


もし、とっくみあいのケンカになっても、勝つ自信があるんだろう。


 怒号をあげた子は、紫穂につかみかかるいきおいで、喰いしばった歯をむき出しでつめよった。紫穂は、むかつ気だ。


 いよいよケンカが始まるのか──。


そう息を飲んだところで、成瀬が──あの、カッコイイ成瀬が──その子の腕をつかんで、進行をとめた。


「八鳥の云いぶんは、一理いちりあるよ」もっともらしい、重い声色こわいろと口調で、その子に云って聞かせてる。

「確かに、校庭はみんなのものだ。オレらが今まで我慢してきたからって、下の子までおんなじ我慢をさせなくてもいいだろう?

我慢する苦しみがわかるんなら、そのぶん、下の子におなじ思いをさせないように、するべきなんじゃないのかな?」


 優等生の〝デキスギくん〟か、成瀬は……!


 (ぼくは複雑な気持ちで、胸中でツッコミをいれた)


 カッコ良くて、足が速くて、スポーツ万能そうで、そのうえ、性格もいいときた。しかも今の成瀬の口ぶりからして、彼はリーダーシップもとれるんだろうな。


 紫穂は味方をて嬉しかったのか、成瀬のカッコよさが嬉しかったのかは知らないけど、ニンマリと満面の笑みを顔いっぱいにひろげた。


「さすが成瀬。話しのわかる人って、好きよ、わたし」

春風がそよぐように、きみはさわやかに、さらりと、なんの恥ずかしげも無く云いはらった。


 ぼくは、もう、気持ちが動転どうてんして、感情がグチャグチャだ。


〝好きよ、わたし〟──。


 紫穂が、ぼくじゃない、他の子に好意を寄せている……!


 成瀬は成瀬で、目を大きくして、紫穂の〝好き〟発言に戸惑っているし。

なんなんだよ……!


「それにしても、わたしたち、五年生に勝ったのよ!」紫穂はなにごともなかったかのように話しをつづけて、

今にもつかみかかろうとしていた子に向かって、かがやかんばかりの笑顔を振りまいた。


文句を云っていた子はハッとして、味方チーム全員を流し見て、それでようやく、勝利の喜びを感じとったようだった。


紫穂はその勝利の喜びに拍車をかけるように、たたみかけた。


「年上ってだけで、それを鼻にかけてる五年生に、うちらは勝ったの!」紫穂ははじけんばかりの笑顔で、声高に云った。

「これで、とどめとばかりに、うちら年下のほうがよっぽど年上らしい振舞ふるまいができて、大人びているっていうところを見せつけてやって、

わたしはアイツらの鼻をあかしてやりたいの! ふふん、面喰めんくらうアイツらの顔も見ものだわ!」


 紫穂は楽しそうに、五年生を見やった。

五年生の耳にも、この会話は聞えている。五年生は、すごい形相ぎょうそうで紫穂をねめつけていた。


 紫穂はどこ吹く風といった具合の知った顔で、鼻で笑うと、成瀬に近づいた。

それから、成瀬の頭をでた。──まるで、先生が生徒を褒めるみたに。


 頭を撫でられた成瀬は顔を真っ赤にして、首をめぐりまわし、撫でてくる紫穂の手をよける。


「やめろよ! なんでお前からされなきゃならないんだ! お前、そーゆーところなおせよな! そーゆーのさえ無ければ、イイ奴なのに!」


 紫穂は盛大に笑い声をあげた。「あいにくだけど、わたし、イイ奴になんてなりたくもないの! きらわれ者役で、じゅーぶんですう~」


わざと小憎こにくたらしい云いかたをして、いたずらめいた笑みを成瀬に向けた。


 成瀬は、この状況をよーく心得こころえているようで、紫穂の口車にのったようだった。


「お前って、ほんっと性格悪いよな」不貞腐ふてくされたように成瀬は云うけど、どこか演技えんぎめいている。


……成瀬は、紫穂の即興そっきょうのシナリオどおりに、やくえんじきるつもりなんだ。


 紫穂は満足そうに、だけど、哀しげな目で微笑ほほえんだ。


 ここまでくると、文句を云っていた子も、すっかりトゲが抜けていて、サッカーボールを足でもてあそびながら、遊びの催促さいそくを始めた。


「なあ、じゃあさ、サッカーのつづきをはじめようぜ」



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