Please don't be a stranger ⑩


「……ケンカの理由は、あとからうわさで聞いたんだけど、

どうも……あの子の同学年の三年生の男子が、かげで、六年生からイジメられていたらしいんだよ。……それで、あの子が激怒げきどしたんだって。


……なんでも、そのイジメられていた男子は、身体中アザだらけだったらしくて……。けど、いくら報復ほうふくとはいえ、あれはやりすぎだろう……」


「でも、そのやりすぎのおかげで、そのイジメられていた男子は、もう二度と、イジメられないんだろうな。

だって、またイジメたら、だまっていない狂暴きょうぼうな子が、またなにをしでかすか、わかったもんじゃないんだから」


 ぼくがその後をつけたすと、植田はため息をついた。


「……まあな、確かに」渋々しぶしぶといった具合に、植田は認めた。


 この話しを聞くに、学校も、こんな理由じゃ、この血生臭ちなまぐさいケンカを、大事おおごとにはできないんだろうな。


……紫穂はきっと、イジメられていた子を助けなかった先生たちにも腹を立てているんだ。


だから、先生にもケンカを売る。……なるほどな、紫穂らしいよ。強行手段きょうこうしゅだんってやつだ。


 紫穂はさわぎを、これでもかってくらい大きくして、

イジメと、イジメを見て見ぬふりする大人の先生たちの姿勢をうきぼりにしたんだ。


こうなってしまっては、先生たちも、

イヤでもイジメ問題と向き合わなきゃならなくなる。……なるほど、先生たちにとって、これほどまで都合の悪い問題児は、いまだかつて居なかっただろう。


「けど、なにが滑稽こっけいって、そのあとの後日談ごじつだんだよ」植田は、せせら笑うように鼻で笑った。「そのイジメられていた子もふてぶてしくて──まあ、見た目も、相撲取すもうとりみたいにデブで太っているんだけど」ここで植田は可笑しそうに笑った。

「その子がさ『ぼくは、こんな仕返しかえししてくれって、たのんでない! 八鳥が、かってに暴走して、こんなケンカをしでかしたんだ!』って、泣きわめいちゃってさ、


それで、その助けられた子もすっかり八鳥におびえちゃって、近寄ろうとしないんだぜ。……気持ちはわかるよ。とばっちりはくらいたくないもんなあ。どうせ先生たちからも、やんややんや云われたんだろうよ」


 ぼくは顔をしかめた。


「それで、その……八鳥はなんて?」紫穂って云おうと思ったけど、話しの流れからして、ぼくはためらった。


紫穂なんて、下の名前で呼んだら、ぼくときみが親密な関係なのを公表する事になっちゃうから。


 植田は口角を持ち上げて、楽しそうに話しだした。「そう、その話しを聞いた時、みんなが、また八鳥が暴れるぞって息を飲んだんだ……。

こんどは、助けたその子をこてんぱんにするんじゃないかって。


……けど、八鳥は、その子の顔面がんめんに平手打ちを一発お見舞いして、それでほくそ笑んで、鼻で笑ってしまいにしたらしいよ。


 そう思うとさ、あの子は、ただ単に暴力を使いたくて、なにがしかの理由を見つけては、強いヤツとケンカがしたいだけなんだなって、やっぱりそう思ったよ。


なにより、狂犬八鳥本人も、前々からそう公言しているし。──だからあの子は、同学年の三年からもうとまれてる。


普通のもめごとも大騒ぎにさせるだけの厄介なヤツだって」


 植田は、軽蔑けいべつを込めた云いかたで話しをしめくくった。


 植田の後日談を聞いて、虫唾むしずがはしったのは、ぼくだけなのか?


 みんなは、この件で、紫穂がどれだけ傷ついたか、わからないのか?


 助けた子からも裏切られて、周りからも、紫穂ひとりだけが悪い物あつかいをされて、ひとり孤独になっているんだぞ?


 だれも、その事に気づかないのか?


 ……紫穂のことだから、きっと、

イジメられていたその男の子を助けても、裏切られるのは考えに入っていたはずなんだ。けど、じっさい裏切られた時の心の痛みって、どうなんだよ。


 紫穂は、自分が助けた事によって、その子が他の友達から遠巻きにされるのも恐れていたはずなんだ。


 ……ぼくにも、目に見えてわかるよ。

〝アイツと狂犬は仲が良いから、近づかないほうがいい〟とかなんとか云って、その子を遠巻きにして、仲間はずれにするのを。


そしたらそのイジメられていた子は今度、同学年の友達をうしなうハメになる。

 だから、裏切った。


 紫穂は、その子にとってのこれからを考えて、決別けつべつ証明あかしに、あえてみんなの前で平手打ちをして、鼻で笑って、この裏切りを受けいれたんだろう?


 ──紫穂、きみは、全部をお見通しで、ひとりぼっちで、淋しくないのか?


「フフフッ! これで、10対5ね!」紫穂は、みごとに逆転した試合を楽しんでいる。


校庭を走りまわったせいで、肩で息をしながら、洋服の袖で、あごにたまった汗をぬぐった。


「このまま試合をつづけて、どこまで点数差がつくのか、やってみましょうよ! きっと10点差くらいつくわよ!」


 嬉々ききに声をあげると、おなじ三年生も肩で息をしながら笑った。


 しらけているのは、五年生だ。

本当は、げんなりして意気消沈いきしょうちんしているクセに、しらけたフリをしている。……負けてくやしいけど、下級生の遊びにつき合いきれないっていう雰囲気を、心がけて出しているのが、見ていてわかる。


「……ふん、行こうぜ。サッカーばっかしてるのも、あきてきた」


ゴールキーパーをしていた五年生が、ぼやくように味方へ声をかけた。


 〝あきた〟か……。

うまい云いのがれをするじゃないか。


 云い逃れて、

これ以上点差を広げられて、はじ上塗うわぬりをしたくないから、さっさと退散たいさんしてしまおうっていうはらづもりなんだ。


 三年の──はじめ、ボールをひとりじめして、紫穂に怒られていた男子だ──子が、声高に云った。


「よっしゃー! これで校庭ぜんぶを広々と使える!」


 紫穂は、その子をたしなめるようににらみを飛ばしたけど、すぐに五年生に視線を戻した。


「なによ、まだ試合はおわっちゃいないのよ? なに勝手にやめてんのよ。あんた達、負けを認めるわけ?」


 紫穂はなんだか必死に、五年生を呼びとめているようだった。

けど、五年生はもう移動を始めていて、それぞれがランドセルに手を伸ばしている。


「おまえら三年の、下級生の遊びにつき合ってられないって、云ってるんだよ!」


五年生のひとりが、吐き捨てるよに云った。

紫穂は、してやったりと、顔を笑みでゆがめて、五年生にいさがった。


「なによ、そんな云いわけがわたしにつうじるとでも思ってるの? 負けを認めたんなら、正直にそう云いなさいよ。でもって、最後まで──帰りのチャイムが鳴るまで──わたしたちの遊びにつき合ってもらうんだからね!」


 この提案には、さすがに味方の三年生からも抗議の声があがった。


「なんだよ、せっかく五年がいなくなるんだから、自由に校庭を使おうぜ? そういう話しだっただろう?」


 紫穂は眉をあげて、三年の男子を見やった。


「──あら、あんた達、あのみっともないヤツラとおなじような、意地悪で同等な人間になりさがりたいわけ? それならそれで、わたしはとめないけど」


バカにしくさった云いかたをすると、紫穂は校庭の隅にある山へ目を向けた。



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