Please don't be a stranger ⑨


 三年が、五年に勝つつもりでいるんだ。

まんまと紫穂にそそのかされて、すっかりその気にさせられているのにも気づかないで。


 しかも、校庭を占領せんりょうしていた意地悪いじわるな五年生を叩きのめして、

自分たちが校庭で遊びたいっていう、当初の目的も、もうどうでもよくて、

その話題はどこかへいっているようにも見える。


 でも確かに、最初は、この校庭を使いたいっていう理由はあったのだろう。

 けどそれも、もう棚上たなあげだ。


 紫穂がしかけた、この正式な、正々堂々たるケンカに、三年の男子たちはまんまと巻き込まれてしまっている。


 これはサッカーの勝負という名の、合戦がっせんだ。

三年生と五年生の合戦。


 五年生もきっと、初めは鼻で笑ってこの試合の申し出をのんだのだろう。

けど、本当は、この申し出をのんだ時点で、五年生は紫穂に負けているんだ。


だってそうだろう? 校庭を占領していた五年生の〝なわばり〟に、まんまと三年生の紫穂たちが足を踏み入れて、じっさい、勝負の名のもとで、校庭で遊んでいるのだから。


その事にさえ、だれも気づいていない。


 で、とうのご本人の紫穂は、この勝負に勝とうが負けようが、今こうして、校庭でみんなとサッカーをしているのが、楽しくてしょうがないと……。


 ほんと、紫穂はうまい事、事をはこんでいるよなあ……。


 ふと、ここでぼくは、葛城かつらぎ先生が、朝にぼやいていた事を思い出した。……〝手に負えない、問題児ばかりの三年生〟。

……なるほどね。


 その三年生を影でしきっているのは、紫穂ってわけか。


ぼくはくっくっく……と笑った。

先生も、こりゃお疲れ様だな。


「おーい!」突然、植田が声をはりあげてヤジを飛ばし始めた。「五年生! オレたち四年生よりも、年下とししたの三年なんかに負けたら、面目めんぼくまるつぶれだぞーっ!」


「うっせーよ、四年っ!」ピリついている五年生が、植田に罵声ばせいを返した。


五年生の、闘争心で爛々らんらんと燃えているまなこに睨まれた植田は、たじろいでいる。

「なんだよ……せっかく応援してやってるのに……」と、五年に聞えないようにぼやく。


 それからをおかずして、強烈なシュートが、ぼくたちめがけて飛んできた。


ぼくは、植田に気をとられていたから、けようもなく──野次馬やじうまをしていた子達が、ボーリングのピンみたに、ちりぢりにはじけるようにけ逃げるのを視界で見ながら、


もろそのシュートを腹にくらった。


野次馬してたみんなは、この必殺シュートを、うまくよけかわしたようだ。


 ……なんでだよ、おかしいな。


 ぼくは、花壇に倒れ込みながら、腹にくらった痛みをかかえ、ぼんやり考えた。


 だって、ぼくが座っていた花壇のブロック塀は、ランドセルゴールの銀杏いちょうの木から少しそれた場所だったはずじゃないか。


なのに、どうして、こっちのほうにシュートが飛んでくるんだよ? ……まさか、ゴールをはずしたのか?


「──鳥海!」

植田が、悲鳴に近い声をあげると、花壇に倒れてうめくぼくを、助け起こすのを手伝ってくれた。


 周囲では、次々と抗議こうぎ罵声ばせいが飛びかっている。


「おい、八鳥! どこ狙ってるんだよ!」

「危ないだろ!」


「関係ないヤツまで巻き込むなよ!」


「ケガしたら、どーすんだよ!」

「これで五年ボールになっちまったじゃねーか!」


紫穂が、フン! と鼻を鳴らす声が聞こえてきた。


「野次馬が目障めざわりだったから、つい」悪びれも無く、紫穂は軽快けいかいな口調で、せせら笑うように云ってのけた。


 なるほど、そういう事か……。紫穂め。

ヤジを飛ばしたのは、ぼくじゃないぞ。


「だけど、ゴール近くの、あそこからスタートでしょう? ──なら、こっちのもんよ」


 ぼくは腹をかかえながら、植田の手を借りて、花壇から起き上がると、背中とか、頭についた土をはらった。……ぼくは、植田の飛ばしたヤジに巻き込まれたってわけだ。


 けど植田からしてみれば、そんな気はさらさら無いらしく、腹立たしげに、ぼくについた土をはらうのを手伝ってくれた。

「ほんと、ヤなヤツ……」って、愚痴りながら。


 けどぼくは性懲しょうこりも無く、腹をさすりながら、また花壇に腰かけた。


「三年生は、見てのとおり、問題児が多くて有名なんだけど……」植田が、ぼくのマネをして花壇に座りながら語りかけてきた。

「あの子は別格べっかく。やりたい放題で、まじで誰にも止められないんだ。……大人の先生でさえも、てこずってて……このあいだなんか、先生五人がかりで、あの子のケンカを止めてたんだぜ?」


 植田は、その時の光景をまざまざとおもい出したのか、戦々恐々せんせんきょうきょうに顔色を悪くして云った。


「……あの五年の学年に〝狂犬八鳥〟のお姉ちゃんがいるんだけど……」と、植田はあごをしゃくって、サッカーをしている五年生を指示さししめした。


 ──ああ、あのお姉ちゃんか。お金目当てに、男に近づく。


 ぼくの兄さんがれているお姉ちゃん。──そうか、紫穂のお姉ちゃんは、五年生なのか……。


って事は、紫穂のお姉ちゃんは、六年生をやってるぼくの兄さんより一個年下になるのか。


 ぼくが頭の中で話しの整理をしているあいだにも、植田は紫穂に対する警告をつづけた。


「オレたちは初め、あの狂犬が、上の学年にお姉ちゃんがいるからって、それでいい気になって、調子にのってるんじゃないかって思ってたんだけど……どうも違うみたいなんだよな。


アイツ、六年生にまで、平気でケンカをふっかけて、とっくみあいをするんだぜ? そんでもって、止めに来た先生にまでケンカを売ってやんの。──ほんと、信じられないよ。まじで、イカレてる……。


オレ、たまたま偶然、そのとっくみあいに出くわしちゃったんだけど……おっかなかった……。死に物狂いで噛みついててさ、相手の──六年生の腕の肉を食いちぎろうとしてたんだぜ? 止めに来た先生も、どこからどう手をつけたらいいのかわからなくて、尻込みしてた。


──だってヘタに止めたら、あの狂犬はますます逆上ぎゃくじょうして、なにをするかわからない。あの時、あの場に居た全員が、戦慄せんりつして息を止めていたよ。──もし、この狂犬が、この子の腕じゃなくて、首筋に噛みついてたらって……。


 本当に、いかり狂ってる狂犬みたいだった。


 その時は、あの子、先生の説得におうじて、口を離してケンカをやめたんだけどさ、最後に、これみよがしに、血の混じったつばをペッて、廊下に吐き捨ててさ……手の指には、六年生のその子からむしりとった髪の毛が何十本とからみついていて……真っ黒に、もじゃもじゃにさせてた……」


 植田はゾッとしたように、背筋をブルブルッと震えあがらせて云った。


「だから、なるべく、あの子には近づかないほうがいい」最後に、怖々といった具合で釘を差してきた。


 ぼくは、同点に追いついたサッカーの勝負を見ながら、そのケンカ話しの盲点をついた。


「……ケンカの理由は? まさか、いくらなんでも、なんの理由もなしに、そんな血生臭ちなまぐさいケンカをするわけがないだろう?」


 ぼくのつっこみに、植田は眉を寄せた。


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