Please don't be a stranger ⑧


 ……けど、紫穂の申し出は悪くない、むしろ良い提案ていあんじゃないか。

なにがいけないんだ?


というか、そもそもみんな、紫穂を良く思っていないような口ぶりなのが気にかかるけど……。


 ……それにしても、狂犬って……。


 きみが前に、ぼくに教えてくれた話しは本当だったんだ。……本当にきみは、狂犬って呼ばれているんだね。……なんだかなあ……。


 今のところ、このサッカーの試合は、完全に紫穂の一人試合になっている。


 ぼくの左横には、ブロックべいで囲まれた花壇がある。

ぼくは、このブロック塀に腰かけて〝この試合の勝負の結末を見届ける〟という名目のもと、この場に居座る事にした。


 ぼくは、どんなにきみに逢いたかったか。やっと紫穂に出逢えたんだ。


 ついに出逢えた紫穂を、ずっと目で追って、見つめていたい……。


「八鳥の妹、生意気なまいきだよな……」

五年生のゴールキーパーが、仲間にむかって憎々にくにくしげにつぶやいた。


話しをふられた仲間も、苛立いらだったようすで、紫穂をすがめ見ている。ちょっとした、物々ものものしい雰囲気だ。


「あいつのマークを二人に増やそう……いや、三人がかりにしたほがいいか。そうすれば、いくらなんでも、あいつだって身動きとれなくなるだろう」


 五年生が、小賢こざかしい作戦会議をぶつくさと始めている。……聞くかぎり、総力戦か。


でも、そうなると、他が手薄てうすになるんじゃないか? それに、ふたつも年下の子──しかも、相手は女の子だぞ──に、ムキになりすぎだろう。


 五年生は、何事なにごとかの作戦会議をして、おもむろにパスを出した。……パスを出された子は、紫穂がマークをしている子だった。


 そうか……。と、ぼくは思った。


 あえて紫穂を動かして、その動きを封じて、紫穂の気を陽動ようどうさせ、試合の流れを自分たちに持ってくる。そういう作戦だ。


 紫穂はやっぱり身軽に動いて、なんなくボールを奪うと、またゴールに向かって身構えた。


けど、すぐに三人の男子が、そうはさせまいと壁のように立ちふさがって、かと思ったら、いっせいに紫穂を囲んで、き場をなくす。──なのに、紫穂は、笑った。嬉しそうに。……いたずら大成功したかのように。


 紫穂は、三人の男子の足の隙間すきまから、味方に向けてパスを蹴り。ロングパスだ。


しかもパスの先には、まだ味方はいない。これは味方の子が全力疾走しっそうでボールを追いかけないと、届かないパスだぞ。


 もし、紫穂チームの子が、先伸びしていくボールに追いついたら、きっと、そのいきおいのまま、吸い込まれるようにシュートを狙えるはずだろう。


 そうぼくが予想するまま、

紫穂からボールをたくされた男の子は、みごとに──紫穂の期待どおりに──ボールに追いついて──なんて足の速い子なんだろう……と、ぼくは感嘆かんたんした──しかも、ゴールを決めた!


「よし!」紫穂が高らかに、勝ちを宣言するような声をあげた。


「これで4対5! あんた達、墓穴ぼけつをほったわね! この成瀬なるせくんはねぇ、うちの学年で一番いっちばん足が速くって、サッカーも上手で──おまけにカッコイイんだから!」


この自慢げな、得意な云いように、なぜだか、ぼくがムッとした。


 ぼくはムカつきながら、紫穂が得意声を出した成瀬くんを見つめた。


……たしかに、彼はカッコよかった。

端正な、大人びた顔つきをしている。身長も高いし……おまけに、名前も成瀬。


名前までもがカッコイイなんて、神さまは、なんていう依怙贔屓えこひいきをするんだ……!


「あのなあ!」自慢された──成瀬くんは、抗議の声をあげたけど、テレを隠しつつぼやいているのは、誰の目から見てもあきらかだった。「もうちょっと優しいパスを出してよ!」


「え!」紫穂は待ってましたとばかりにニヤついて、声高に云い返した。「だって、優しいパスなんか出したら、こいつら五年にも追いつかれちゃうじゃない! わたしはね、を出したの!」


 云われた成瀬くんは、まんざらでもなさそうに、嬉しげに苦笑くしょうした。……なんなんだよ、ちくしょう。


 紫穂は自分をマークしてきた、三人の五年生たちへ、バカにしくさったような目を向けると、その視線でなめまわし見た。


「あんた達、わたしをマークするのか、全体に注意をはらったらいいのか、わからなくなっちゃったんでしょう! ──アハハハ! あぁ、可笑しいっ!」


紫穂は、相手のくやしがる感情をさかなでして、喜んでいる。


「いい? わたしはね、あんた達マヌケな五年の動きなんか、五手先までお見通しなんだから! せいぜい悪あがいてみなさいよ。わたしがこてんぱんに、その鼻をへし折ってあげるから!」


 紫穂は負けん気に、高らかに宣言した。

これで五年生の闘争心とうそうしんに、本格的に火がついた。


眉根をグッと寄せる険相けんそうは、内心を怒りでメラメラと燃やしているのを、彷彿ほうふつとさせている。


「──よし、このままガンガンいっちゃいましょう!」紫穂は拍手をパンパンと打ち鳴らし、味方の三年生の男子を鼓舞こぶした。

「五年なんて、わたしたち三年が本気を出せば、めじゃないのよ! あんた達が、日ごろからボールを追いかけて遊んでる成果が、いよいよ発揮できるときが来たっ!


ここで、その成果を存分に、ぜーんぶ、ぶちまけちゃいなさい!

〝三年が五年に勝った!〟なぁ~んて事になったら、あんた達も、自慢話が増えて嬉しいでしょう?」


 云われた三年の男子は、互いの目を見合うと、口角をあげて笑い、白い歯をのぞかせた。……こいつらは、やる気だ。本気で。


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