Please don't be a stranger ⑦


 もっぱらピリピリしているのは、五年生のようだけど。……年下の三年生を相手に、なにをこんなにムキになっているんだろう。


あれかな、年上のプライドとか、見栄みえってやつ。

それを死守ししゅしたいのかもしれない。


 サッカーのゴールを見立てた銀杏の木の根元には、それぞれ、

コーンの代わりにランドセルが目印に置かれてある。ランドセルが、校庭の砂に汚れるのも気にもしないで。


 ぼくは横目でそれを見て、内心で笑った。

……ランドセルを、コーンの代用にするとは。勉学をバカにするのも、ここまであからさまになると、しかりつけようもない。


もう、好きなだけ、やりたいようにしたらいいと思う。


 あえて云うなら、せいぜい〝怪我をしないように、仲良く遊んでね〟と、声をかけるばかりだ。


 ──と、強烈なシュートが、ランドセルゴールを突き抜けて、別校舎の壁に叩きつけられた。


 ボールは、破裂はれつしたんじゃないかっていうくらい派手はでな甲高い爆発音をあげて、空高く跳ね上がると……やがて、えがいて落ちてきた。


「よっしゃーっ!」女の子が声高こわだかに、勝ち誇った雄叫びをあげた。

……聞き覚えのある声だった。


ぼくは無意識に、全神経を女の子のほうへ向けていた。


 見間違えようも無い。


 ──女の子は、紫穂だ。


 紫穂を、見つけた……!


 ぼくは歓喜に打ち震えて、息をするのさえ忘れた。

けど、息は止めて正解だったかも。思わず、うわずった声をあげてしまいそうだったから。


 紫穂は、女の子でただひとり、男子にまじってサッカーをしていた。ひざ丈のピンクのスカートをひるがえして。……例のごとく、パンツは丸見えだ。


白いパンツが丸見えなのも気にしないで、紫穂はジャンプをして、シュートの決まったゴールに喜んでいる。


「ねっ! 云ったでしょ!」紫穂は嬉々ききとして、味方らしき男子にむかって声をはりあげた。


「わたし、ケンカだけが取りじゃないんだから! 男子のサッカーにまじったって、足なんか引っぱらないでしょう? むしろ、足を引っぱっているのは、そこのあんたよ! なによ、さっきからボールを独りじめしちゃって、カッコつけてないで、さっさとパスを回せってんのよ!」


 指図さしずを飛ばされた男の子は、味方なのに、くやしそうに歯を喰いしばって、紫穂をねめつけた。──なんなんだ、いったい、この雰囲気は。


 これじゃあ、まるで、三チームが試合……じゃなかった、〝勝負〟をしているように見えるぞ。


 三年対五年対、紫穂だ。


 ゴールキーパーらしき五年生の子が──男のぼくの目から見ても、カッコイイ男の子だ──ボールを拾い上げると、敵チーム(紫穂のチーム)が内輪揉うちわもめしているあいだに、ゲームを続行ぞっこうさせる気で、躍起やっきになってボールのパスを出した。


 紫穂は、頭のうしろにも目玉がついてるんじゃないかっていうくらい、機敏きびんに反応して、敏捷びんしょうに走ると、

ボールのパスが敵の足もとへ落ちるそばから、すかさずボールをかっさらって、なんなくドリブルダッシュをした。


そして、またしても強烈なゴールをお見舞いする。しかも今度は、フェイントをしかけて、キーパーの動きの逆を狙ったシュートだ。


 紫穂は腹立たしげにキーパーに睨みを飛ばした。


「──ふん! スキを狙ったって、そうはさせないんだから! これで、3対5ね。五年生、三年生のわたしたちが追いついてきたわよ! なめてかかると、あんた達があかぱじをかくんだから! でもって、わたしたち三年が勝ったあかつきには、はれて、校庭を使わせてもらうからね!


あんた達上級生ばっかりが〝校庭を占領せんりょうする〟なんて事、このわたしが許さないんだから!」


 云いきると紫穂は、勝ち誇ったような、いたずらめいた笑みを浮かべた。──ああ、そうだ、この笑顔だ。ぼくの大好きな、この笑顔……。


 と、ここでぼくは、えてして顔をしかめた。


 〝三年生のわたし達〟?


 きみは今、そう云ったよなあ?


 という事は、つまり、きみは、三年生なのか。──ぼくより年下の。


「あのさぁ……」ぼくと一緒にきを見守っていた植田が、先に野次馬見物やじうまけんぶつしていた子たちに声をかけた。

「これって、なにがどうなって、こうなったの?」


 植田の口の利きかたからして、声をかけた子たちは、ぼくたちとおなじ四年生なのだろう。


 その子たちが、次々に声をあげた。つげ口するみたいに。


「今日は、五年が校庭を使う番だったんだ」

「昨日は、六年生が使っていたもんね!」

「そしたら、校庭のすみっこで遊んでいた三年がしゃしゃり出てきて、もめごとになったんだよ!」


「オレらにも、校庭を使わせろとか、なんとか云って!」


「そしたら、よりにもよって、あの子が参戦してきたんだよ──」

 最後のこのひと声で、この場に居る子たちの視線が、いっせいに紫穂へそそがれる。


「〝あの狂犬〟は、ケンカの仲裁ちゅうさいに入ったつもりでいるけど、いっつも話しをややこしくするだけなんだよなあ」一人が、ぼやくように云った。まるで、経験者のような口ぶりで。


 もう一人が口添えて、植田に説明をつけたした。


「なにをとちくるったのか、サッカーで勝負をして、勝ったほうが校庭を使うって、あの狂犬が云いだしたんだ! ──三年が五年生に勝てるわけないのに!」


「すげー、けしかけてたよな!」最初につげ口をしてきた子が面白そうに、悪口を云う口ぶりで云った。「『──え! 五年生が、三年生からのサッカーの、それを蹴って勝負をしないなんて……それって、うちらに負けを認めたも同然じゃない! なっさけな~い!』とか云って!」


 はっはーん、なるほど、そういう事か。

そうまで云われたら、五年生は、周りの目を気にして、紫穂の口車にのるしかなくなるよな。


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