Please don't be a stranger ⑥


…*…


 ぼくの席は、教室の一番うしろの、窓から二番目の席となった。


 窓側の、一番はじの席の男子が、一時間目の授業中、こそこそと話しかけてきた。


「休み時間になったら、校内を案内するよ。……鳥海は」と、云いにくそうに、ためらうように、ぼくの名前を呼んできた。「姫小に来たばっかりだから、どこになにがあるかわからないだろう? だから、、あっちこっち教えまわってやるよ」


 担任の先生は国語の授業を進めながら、ぬかりなく、ぼくたちこっちに聞き耳をたてているけど、素知そしらぬふりをしているのが気配けはいでわかる。


って事は、このくらいの無駄口は──無駄口の内容も、正当な内容だったし──目をつぶってくれるって事だ。


 ぼくは、話しかけてきてくれた男子の洋服にぶらさがっている名札をチラリと盗み見た。


 名札には、油性マジックで、植田うえた おさむと書かれてある。この子の名前は、植田だ。


 ぼくは植田の親切にあやかる事にした。


「そうしてくれると、すごく助かるなあ。ぼく、右も左もわからなくて」と、なるべく丁寧に、ヒソヒソと返す。


なのに植田は目をまるくして、黒板へ視線を向けると〝まいったなぁ〟といった具合で苦笑くしょうして、かぶりを振った。


ぼくは植田が、どうしてこんな反応をするのかわからなくて、

広げてあるだけの国語の教科書に視線をおとした。


……はっきり云って、国語の教科書は、ぼくにとって眠たい物でしかない。こんな内容の本は、なにもわざわざ教科書で教えてもらわなくても、今まで読んだ本でまかない済みだ。


それほどまで、病院の中は、すこぶる退屈だった。


 だから、こんな国語の教科書の文字の中に、植田が苦笑して頭を振った理由のヒントが隠れているわけでもない。


けど、考え事をするときは、教科書に視線を落とすのが丁度いい。……ぼくは、植田に、へんな事でも云ったか?


「鳥海ってさ……」ぼくが考えだしたところで、植田のほうから話しかけてきた。「よく、大人っぽいって、云われない? その、喋りかたとか……」


 ぼくの中の時間が止まった。

ほんの、0.5秒。


植田の発言の言葉を吟味ぎんみする。


「云われたこと、無いな」ぼくはボソッと返した。「ぼくは今まで、そんなに人と話した事がないから」


 自分で云ってて、むなしくなった。


 そうだよ。ぼくは今まで、人と──同世代の子供と、仲良く会話なんて、したためしがない。


──ただし、紫穂をのぞいて。


 ぼくが、仲良く話しをした子は、紫穂くらいなもんだ。


 植田は、ぼくとの少ない会話で〝大人っぽい〟っていうイメージを、ぼくにいだいたようだけど、となれば、紫穂、きみはどうなんだ?


ぼくの事を、大人っぽいだなんて、きみは思っていないだろう?

きみは〝ぼく〟っていう、話しの合う仲間ができて、よろこんでいるようだったし。


 じゃあさ、紫穂、きみも、大人っぽいって事になるんじゃないのか?


「鳥海は、人見知りなの?」植田が、れものにでも触るような感じで訊いてきた。


 ぼくは黒板に視線を飛ばして、適当に返した。「まあ、そんな感じかな」


 〝心臓が悪くてずっと、家と病院でしか生活していませんでした〟なんて、云いたくない。


同情で、仲良くされたくもないし、体調の事で気を使われて、遊びに手心てごころなんてくわえられるのも、まっぴらごめんだ。


ぼくは、子供らしく遊び回りたいんだ。


…*…


 休み時間は、授業とのあいだに十分しかなくて、一番長い休み時間は、昼休みしかなかった。


一番長い休み時間って云っても、昼休みも、せいぜい二十分くらいしかなくて、植田は校庭で遊びたくてしょうがないようで、校内案内どころじゃなかった。


 ぼくは校庭の隅にある、遊具のジャングルジムにのぼって、一番高いところで風にあたりつつ、

ぞろぞろと大勢いる子供達の群衆の、にぎやかな喧騒けんそうに耳を傾け、なごんでいた。


……やっと、自分が、自分の居るべきところへれた悦びを、

ほんのつかのまでもいいから、ひたりにふけりたかった。


…*…

 一日目の学校は、つつがなく、平和そのものに終わって、

ぼくは帰宅すべく、植田と一緒に放課後の校庭の脇道を歩いていた。


 脇道と云っても、この道は、ぼくのクラスのある別校舎沿いに、学校の正門につづく道だ。学校の校庭は、この道の向こうに広がっている。


 もっと細かく云うと、この脇道は、正門から、ぼくが朝にくぐった職員専用玄関まで、真っすぐつづくアスファルトの道だ。


 別校舎は、その道沿いに建てられてある。

別校舎と、この正門につづく道との境目には、ブロック塀で囲まれた花壇とか、水色のタイル貼りのお風呂みたな池もあって、池の中では、ちゃんとこいも泳いでいる。


 つまり、別校舎の前には、花壇とか池がある。で、この道があって、この道と校庭との境目には、銀杏いちょうの木が五本、植えられてある。


 ぼくは、新緑をしげらせつつある銀杏の木が落とす影を踏みながら、放課後のさわがしい校庭を見やった。


 放課後の校庭では、サッカーで遊んでいる子供たちがいる。けど、なんだろう……どうも雰囲気がおかしい。


〝遊んでいる〟というよりも……なんだか、ケンカをしているようだ。

この子たちのしているサッカーはどうも、遊びのにぎやかな明るい雰囲気じゃない。


どことなくツンケンしていて、今すぐにも一触即発いっしょくそくはつの、乱闘騒らんとうさわぎになりかねないような雰囲気をまとっている。


「なんか、あの子たち、へんじゃないか?」


ぼくはサッカーの子たちに視線を向けたまま、植田に話しをふった。

植田も、ぼくの視線に誘われ、校庭へ目を向ける。


「……ああ」植田は、うんざりした感じに、ため息まじりの声をあげた。「あれ、三年だよ。……それと、相手は……マジかよ!」植田は、きゅうに昂奮こうふんして、大声をあげた。

「五年だ! ──三年と五年が、サッカーで〝勝負〟してる!」


 ──〝勝負〟。


 なるほど、勝負。


 たしかに、これは勝負だよなあ……。遊びなんかじゃあない。そんな雰囲気をかもし出しているよなあ……。今にも乱闘しそうな雰囲気が。



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