Risking one`s life ⑤
ぼくの調子は、始めのうちこそは望みが薄かったけれど、
山と呼ばれている
痛みはまだあるけど、術直後のあれに比べればささいなものだ。
ぼくのいる北海道は短い夏も秋も通り越して、真冬に入っていた。
窓から見える雪景色を見ていると、
でも、本当にバナナがトンカチになるのかの実験をするならば、今だ。
ぼくはこの頃、自力で歩けるようにまでなっていて、退屈しのぎに院内をよく散歩している。
母さんが持って来てくれた本はすべて読破したし、待合室の新聞を読むのにもあきた。
……きみは今、なにをしている?
まさか、こんな寒い日にまた外へ追い出されたりはされてないだろうな?
心配でしょうがないんだよ。ぼくの心臓が日増しに元気になればなるほど、きみのもとへ行きたくなる。まるできみに呼ばれているみたいなんだ。磁石の
ぼくは、待合室に付き合ってくれている母さんに、これからの事を恐るおそる訊いてみた。
「ぼくが退院するくらいよくなったら、向こうに帰れる?」
母さんは新聞から顔をあげて考えこんだ。
「その事なんだけどね……お兄ちゃんも帰りたがっているのよね。どうしましょう。ほんとなら、ここの病院の近くに借りたアパートにこのまま住むつもりだったんだけど……涼も帰りたいの?」
「帰りたいよ。……紫穂に逢いたい。あの子、絶対に心配してるもん」
「あなたのほうが紫穂ちゃんを心配してるように見えるけどね。……でも、まあ、いいわ。お父さんに相談してみる。正直云うとね、母さんも北海道の冬にはまいっちゃってるの」
母さんが弱音を吐きながら笑った。
ぼくは病院にこもりっぱなしだからいいけど、母さんはアパートと病院をしょっちゅう
家事で買物とかもしているだろうし、慣れない雪の量にてんてこまいなんだろうな。そう思うと静岡県は住みやすい地域だよ、ほんと。
…*…
──日曜日。
病室で、母さんが父さんと電話で明るく話しているのを、ぼくは兄さんと一緒に聞いていた。
静岡への引っ越しは、母さんとぼく、兄さんの全員賛成であっさりきまった。
その知らせを聞いた父さんは、電話の向こうで
とはいえ父さんには弁護士の仕事があるから、そんな事は云っていられず、ぼくの手術が無事に終わるとすぐ、お先に静岡へ戻っていってしまっているけれど、
なんでも、ぼくが元気になって退院したら、すぐに移り住める新しい
母さんの笑顔を見ていると、よくわかるよ。
父さんが
そっちに戻れる嬉しさも、
家族の形を取り戻していっている幸せさも。
兄さんがふとなにげなしに、週刊の漫画本の
「やるよ。病院にずっといるとヒマだろう?」
ぼくはビニール袋にパウチされた付録をひっくり返したりして、しげしげと眺めた。じつはぼく、こういうのって始めてなんだよね。
「付録って、おもしろいの?」ぼくが大真面目に訊くと兄さんは
「作っているうちは楽しいよ。でもそれだけ。作り終わったら、ゴミかな」
「ふーん」
ぼくは付録を眺めながら思った。
もうすぐに普通の暮らしができるようになると。
ぼくは心臓の手術に勝った。生き延びれたんだ。
早くきみのところへ戻りたい。そして安心させてあげたい。……そしてまた遊びたい。いっぱい遊びたい。
ぼくの心臓が弱かったせいで出来なかった遊びをいっぱいするんだ。……プロレス技は、きみからじきじきに教えてもらおうかな。そのほうが楽しそうだ。
…*…
北海道が新年を迎え、冬の終わりをつげる前の三月。
ぼくたち家族は静岡に戻った。父さんが新しく買った家のある静岡に。
父さんの実家──おばあちゃんちからも、学校からも近い場所の、新しい家へ。
学校。
実家から近い家という事は、きみがかよう学校という事だ。これからの日々が楽しみでしょうがない。
…*…
わたしは、鳥海先輩の日記を読みながら、すすり泣いていた。流れおちてくる涙を、日記にこぼし落とさないよう苦労しながら。
視界が涙でかすんで、日記につづられている文字が読みにくいけど、でも、いいの。ちゃんと読めるから。
こみあげてくる嬉しさや、
……それと、わたしが
鳥海先輩が子供のころに抱いていた想いや、苦しみ、痛みも感じる。
ああ、けど……。
わたしは、わたしの記憶は、思い違いなんかじゃなかったんだ……! やっぱりあの子が──心臓の悪かったあの子が、鳥海先輩だったんだ……!
わたしは、ティッシュで鼻をかんでから、日記帳を読み進めていった。
…*…
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