You remind me of one's heart ⑤



「えっ!」紫穂が目をいた。


適合者てきごうしゃが見つかったって。昨日の夜、父さんに云われたよ」


「え、じゃあ! ──いつ、いつ手術するの!」紫穂はあせったようすで、しゃがんでいた体勢たいせいから立ちあがった。


「それはまだ、きまってないんだけど……」


紫穂のいきおいに負けてたじろいで云ったけど、きみはそのそばから瞳を輝きに色めかせていく。ぼくは息をとめてその瞳に魅入みいった。


「でも、もう──すぐ、もうすぐなのね! もうすぐであなたが元気になる……! 元気になるんだ……あぁ、どうしようっ。わたしがドキドキしてきちゃった! ──なによあなた、人ごとみたいにボウッとしちゃって! ちょっと、自分のことでしょう?」


 きみに見つめ返されてぼくは目をしばたたかせた。


「まあ、そうなんだけど……なんか、まだ実感がなくて」ゴニョゴニョ云って、なんとか誤魔化す。


 きみに見惚みとれていただなんて、そんなのがバレてしまっては、また大笑いをされてしまうから。


「実感ねぇ~」紫穂は唇をゆるませ笑うと、ぼくの胸に手をあててきた。正直、ドキリとした。


でもきみにとっては、こんなのどうという事もないようで、目をつぶり耳をませるように頭をかたむけた。


「う~ん。これじゃあわからないなぁ。ねえ、そこのレジャーシートで横になってよ!」


 云いながら、手はすでにぼくの手を取りひっぱっている。


「なにするの?」ぼくは地面のでこぼこに足をつまずかせながら訊いた。紫穂は振り返りながら嬉しそうに笑っている。


「お医者さんごっこ! 心臓の音が聞きたいの!」


 ぼくの心臓がへんなふうにドキリとした。こんなふうにドキドキしているのがきみに聞かれてしまうのか。ドキドキしているのがバレてしまうのか。


 レジャーシートを前に、横になるのをためらっていると、紫穂がプロレス技でぼくを押し倒した。これが、日ごろの成果せいかというやつなのか。


こんなにほそくて、ちいさな体のきみに押し倒されるなんて。

それともたんに、ぼくに体力がないだけなのか……!


 ぼくはこの時、ささやかながら敗北感を味わった。


 だって押し倒したきみは、ぼくが痛くならないように力も加減していたのだから。男として、ぼくはこれでいいのか?


 みきった天の青空を放心状態でながめていると、紫穂はぼくの胸に顔をくっつけて耳をあててきた。


「……うん。聞える。心臓の音、ちゃんと聞える。あなたが、ちゃんとがんばってる」


 満足そうに微笑ほほえむきみに、またしてもぼくは見惚みとれた。

心臓がドキドキしているのがバレても、もうかまいやしない。


「手術がおわって新しい心臓になったら、またこうして聞いてくれる?」

「うん。また押し倒してあげる」きみのいたずらな笑みを見て、ぼくは空に目をやって笑った。


まいったなぁ。ぼくはまた押し倒されて敗北感をあじわうのか。……心臓が元気になったら、プロレス技を覚えよう。


 ぼくがこれからのきみとの関係に想いをめぐらせていると、きみはきゅうに話しを変えてきた。


「ねえ、人間の体の急所きゅうしょって、頭と心臓じゃない? どっちが大切だと思う?」


「えーっと……頭でしょ?」急なナゾナゾに、ぼくはぎくしゃくして答えた。するときみは、わかりきった答えを聞いたようにうなずいた。


「そうなんだけど、でもそれも時と場合によるみたいだよ」


「どういう事?」ぼくは寝かされていた体を起こした。紫穂がさりげなくぼくの背中に手をそえて、体を起こすのを手伝ってくれる。


「あのね、じゅうで頭を撃たれても〝当たり所がよければ〟助かるらしいの。このあいだ、テレビでやってた! でも、問題はどうやら心臓のほうみたい」


きみは妙に生真面目きまじめに云った。「銃で頭を撃たれたとき、たいていの人間はショックで心臓が止まってしまうんだって! 銃で撃たれたから自分は死んだって思いこんで、心臓がビックリ急停止して、ほんとに死んじゃうんだって! 信じらんない、驚きでしょう? それでね、心臓が動きつづけていれば、そのあと頭の手術をして……あらビックリ! 頭を銃で撃たれたはずなのに、助かっちゃった! って、なるらしいの!


 植物状態の人間が数年ぶりに目を覚ましたっていうのも、そういうことらしいわ。心臓がちゃんと動いていたから、その人は目を覚ましたの! だからあなたは心臓をちゃんと治すべきよね!


でもってもしものときは、心臓を動かすことだけに集中するの! そうしたら、あなたの命はなんとか繋がる。そのあとの奇跡はわたしが起こすから安心してね」


「でもそれは、運のいい人の話しでしょ?」ぼくがつっこむと、きみはなぜか勝ちほこったような笑みをうかべた。


「そうよ。自分で自分を運のいいほうにもっていくの! ──ふふっ、簡単なことよ。だから心得こころえておくべきなのは心臓を動かしつづけること。


 事故とか……日本がまた戦争を始めてもいいように、こっちは体をそなえさせておかないと。戦争になれば、銃で撃たれるのがあたりまえの世界になる」


「戦争なんてするわけないじゃん」ぼくは笑いとばした。どうもきみの思考は心配のしすぎで話しが飛躍しているようだったから。


 でも紫穂は声を低くして大真面目に返してきた。まるで心あたりでもあるかのように。


「そうとも限らないよ。だって第二次世界大戦に負けるまでは、日本はさんざん戦争をしかけてきた国なんだからね。今はおとなしくしているだけかもよ? わたしみたいにね。──ははっ、こっれて笑える。


 ……あれだけの酷いことをしてきた人種じんしゅなんだよね、わたしたち日本人は。──だからわたしのお父さんはあんなにひどい仕打ちができるのよ……。


 それとわたしね、このあいだビックリしちゃった! 終戦宣言をした□皇って、今の□皇なのね! わたし、おなじ人だとは思っていなかったからビックリしちゃった! それなのによくもまあ、のうのうとテレビに出られたもんよね。あれだけたくさんの人を死に追いこんだくせに。


なのに殺された国民はその□皇にむかって手をふっているの! 日の丸のはたをパタパタふっちゃってさ『□皇ばんざーい!』って。──みんなバカなのかしらね? それとも大人は、また戦争をしたいのかしら?


それで世界にむけては被害者づらで平和がどーのこーのって云ってるのよ? つじつまがあわなくて、わたし、もうわけがわからない。


 こんなこと云ってると、わたしは〝非国民だー!〟って云われちゃうのかなあ? でもそれって、戦争のなごりがまだ残っているっていう証拠だよね。──ねえ、あなたはどう思う?」


 ぼくは非国民だと云われるぞと思った。

〝菊タブー〟とうい言葉も、どこかで聞きかじった。

どうやら右翼と警察はグルらしい……という事も。


弾圧だんあつされてしまうぞと。──だから、そうだ。きっと戦争のなごりはまだ残っているんだ。今でも。


「心臓は、動かし続けたほうがよさそうなのは、よーくわかったよ」ぼくはおどけて云った。


 紫穂は空気をさっしたのか、ため息をつくと遠くを見て少しだまりこくった。そしてぼくの話しにのる事にきめたらしい。

ぎこちない笑顔をぼくに向けてきた。


「──そうでしょう? よかった、わかってもらえて!」


 戦争の話しははぐらかしたけど〝心臓は動かし続ける〟。これだけは妙に頭に残った。



…*…

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