You remind me of one's heart ④
「でも」ぼくは紫穂の
「その、交換した人は……どうなっちゃうの?」
「もともと死ぬ運命の人から心臓をもらうんだって、母さんは云ってる。だから、その人は、ぼくに心臓をくれたら……死んじゃうね。その人の命とひきかえに、ぼくは生き延びるんだ」
紫穂は腕をくんで考えをめぐらせたあと、やっぱりもごもごと云った。
「……だったら、いいじゃない」
ぼくは、紫穂がぜったいに納得していないのがわかった。紫穂が納得しない理由もわかるけど、でもぼくはその理由で手術を
ぼくはそっと紫穂に問いかけた。
「……ねえ。心って、どこにあると思う?」
ぼくの問いかけに、紫穂は目を大きくした。ぼくはその反応に
「そうなんだ。ぼくは心が、心臓にあると思ってる。心臓の漢字字体、心を使っているし。……だからその心臓を取り
体は生きていても、中身はまったくの別人だよ。心が、どこかにいっちゃうんだ。──それなら、ほんとうのぼくはどこへ行っちゃうんだろう。……ぼくは、それが怖いんだ」
紫穂はにがい顔をしてぼくの胸に手をあてた。
「心は、ここにある。ここに……ちゃんとある」
「でも心臓を取り換えたら、ぼくは別人になっちゃうかもしれないよ?」
紫穂は悩むように眉を寄せ、ぼくを見つめた。……しばらく、見つめつづけてきた。たぶん一分か、二分くらい。
そしてついに、なにかを
「わたしの、なにもかもを見せたのは、あなたが始めて。あなただけが、ほんとうのわたしを知っている──あなただけが、ほんとうのわたしを知っていれば、わたしはそれだけでいいの」
きみは一度目をかたくつぶると、強い口調でぼくに伝えた。
「──ほんとうのわたしを、あなたのここにあげる。手術をしても、大丈夫。ほんとうのわたしがここにいて、ここでほんとうのあなたをしっかり
ぼくは泣くのをこらえながら
胸に、きみのあたたかい体温が流れてくる。ほんとうのきみの、あたたかなぬくもりのナニカ。そのナニカがぼくの中に流れこんでくる。伝わってくる。きみが生きていて、ぼくも生きている
「手術するのがきまったら、がんばってして……もうひとりの大事なわたし。あなたが死んだら、ほんとうのわたしも死んじゃう」
ぼくは泣くのをこらえていたけど、ついにポロポロと泣いてしまった。
「……うん、がんばって守るよ。ほんとうのきみを」
この時、ぼくは心臓の手術を受けるのを決めた。もう恐怖はなかった。
ほんとうのきみがぼくのなかにいる。それに、きみのなかにもぼくがいる。ぼくたちが少しでも長く生きていけるように、手術をしよう。それが、ぼくがきみのためにできるすべてなのなら。
…*…
その次の日、遊びにきた紫穂は、庭でぼくの名前を訊いてきた。
そんなの今さらじゃないかと思ったけど、そう云われてみれば、ぼくたちの間に自己紹介はまったくなかった。
ぼくはレジャーシートの上でオセロをやっていた手をとめた。「
めんとむかって名前を教えるのって、なんか恥ずかしいな。こんな感覚は始めて経験した。
だけど紫穂はぼくの名前を訊くなり顔をしかめた。
まずいお菓子でも口にしたみたいに。
「えぇ、涼? なんかあなた、涼っぽくなーい。もっと違う名前かと思った。……涼。涼、ねぇ……。なんか、やっぱりしっくりこない」
紫穂にそう云われて、ぼくはちょっとした驚きを
「実はさ、ぼくも自分の名前に違和感があったんだ」
「でしょ!」紫穂は大きく笑った。
「でもさ、そっちだって紫穂っていう名前なんでしょう? なんかへんだよ、紫穂って名前。……らしくないっていうかさ」ぼくの指摘に紫穂の目がまるくなる。
「そうなの」紫穂は驚きつつも
「うん」
「……じゃあさ、わたしたちのほんとうの名前って、どうゆう名前なんだろうね」
「う~ん」ぼくは腕をくんで考えた。
ぼくたちのほんとうの名前ってなんなんだろう。
今の名前がしっくりきていないのは確かだし、実はもっとちゃんとした名前があるように思えるのも確かだ。
けど、どうしてこんなおかしな感覚になるのかもわからない。
ひとつわかるのは、名前においても、ぼくときみがおなじ感覚を持っているって事だ。ホント、不思議なナニカで繋がっているよな。
ぼくが考えこんでいても答えはでず、きみは「あ~あ」と
「考えてもわからないね」ぼくは胸の前で
「そうね、負けを認めざるをえない感じだけど、わたしはあきらめない。ねばるわよ」と、オセロの盤を睨みつけている。
きみは、ぼくが用意したトラップにまんまとひっかかるから、そこがおもしろいんだよな。素直というか、単純というか──
「う~ん、たしかに、黒い
「これって、あれかしらね。前世の記憶ってやつ。前世だから忘れちゃっているだけだけど、なんとなくはまだ覚えていて、だから今の名前に違和感があるの。どう思う?」
ぼくは紫穂のこの意見が
「なるほど、そっか……前世で」ぼくは盤を見つめながらひとりごちた。「だからぼくたちは繋がりを感じるのかな? 前世でも、ぼくたちは逢っていた?」
「逢っていたというより、いっしょだったのよ、きっと。わたしたちは二人でひとつなの」
紫穂もオセロの盤に目をおとしたままで云った。紫穂は次の戦局が気になってしょうがないんだ。
ぼくは仕掛けたトラップの回収作業にかかった。盤上が次々にひっくり返っていくのを見て、紫穂が叫びながら頭をかかえた。
「ああー! また負けたぁっ!」泣きごとを聞くのはこれで何度めだろう。
それでもこの子は「もう一回!」と、また勝負を挑んでくる。
ぼくの胸の奥では、紫穂がなにげなくつぶやいた〝わたしたちは二人でひとつ〟の言葉がぬくぬくと
「そっか……二人でひとつ、か」ぼくはボソリと云った。
「そうよ。このオセロもそうだけど、白黒のまるいマークがあるじゃない?
陰陽マークは知っている。
正確な名前は……
パンダの存在もあって、今の日本は
ぼくが「知ってる」と頷くと、紫穂は笑って頷いた。「わたしたちって、きっとあれとおんなじ。どちらかが欠けたら、もうダメなの」
「じゃあさ、どっちがどの色だと思う?」
ぼくがおもしろそうに訊くと、紫穂は目をつぶり、鼻にしわをよせて「う~ん」とうめき、空を仰いだ。
「黒のなかの白!」
「え?」
紫穂はすっくと立ち上がると芝生が生えていない地面のほうへ行った。
そのへんに落ちている枝をひろい、しゃがんで地面に絵を描きだす。
ぼくは
ぼくたちのどっちが〝白のなかの黒〟になるんだろう。というか、範囲が
紫穂が枝でガリガリやりながら云った。
「わたし、いまは白の点のなかにいるんだけど」と、白であろう点を枝でトントンする。「あなたから離れると、真っ黒なばかりの自分に戻ってしまうの」
「じゃあ、ぼくが……黒の点がある白のほうって事?」
「そうなるわね」
「でも、ぼくの今は黒くはないよ」
「それはわたしといっしょにいるからでしょ? わたしと離れれば、あなたはここになる」と、黒一点を枝でトントンする。ぼくは顔をしかめた。なんだか納得がいかないなあ。
「ぼくのほうこそ、きみから離れたら暗いばかりの世界だ。だから逆だよ。きみは白いほうで、ぼくが黒いほう」
「どっちだっていいわよ」きみは枝を庭の
そう云われてしまうと、ぼくはなにも云えないんだけど──だってぼくは外の世界をあまり知らないから──でも今日は違うんだよな。
「そういえば」ぼくはボソリと切り出した。今日は紫穂に、いつこの話しをしだそうかとタイミングを見計らっていたんだ。
「その……心臓の手術をするのが、きまりそうなんだ」
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